今回は山梨大学ででの取り組みについてご紹介します。
文責:山梨県地域医療支援センター / 山梨大学大学院総合研究部医学域臨床医学系 土屋 恭一郎 センター長・教授
はじめに
地域医療を取り巻く環境は、人口減少と高齢化の進行により大きく変化しています。医師には、医療の質を維持しながら地域の多様なニーズに応える柔軟性と、キャリアを通じた継続的な学びが求められています。こうした中で、地域枠制度や修学資金制度を活用し、地域医療に貢献する医師を計画的に育成・支援することは、大学医学部と地域の重要な使命です。本稿では、山梨県と山梨県地域医療支援センターが推進する「山梨県地域枠等医師キャリア形成プログラム」を中心に、その概要と課題、今後の展望について紹介します。
山梨県における地域医療の現状と課題
山梨県は人口減少と高齢化が急速に進行しています。2025年7月時点で人口は78万4,639人、前年より6,302人減少し、65歳以上の高齢者は31.6%を占め、2040年には39.6%に達すると予測されています。こうした人口構造の変化により、急性期医療の需要は減少する一方で、回復期・慢性期医療や在宅医療の需要は急増することが見込まれており、第8次山梨県地域保健医療計画では病床再編と医療機関の機能分化を進める方針が示されています。
医師確保の観点では、単位人口当たりの医師数は平成19年以降の地域枠制度により全国平均に近づいています。しかし、地域偏在は依然として大きく、中央市(山梨大学病院の所在地)と甲府市(県庁所在地)に医師が集中しています。もちろん、山梨県の今後の医療政策において、集約化は方向性の一つになると考えられますが、診療分野によっては一定の医療供給の均一化が望まれる面もあります。
例えば、筆者が専攻する糖尿病は慢性疾患であり、生涯通院が必要です。山梨県は全国的にも糖尿病患者数が多く高齢化も進んでいるため、医療の集約化により多くの方が遠方への通院を長期に継続することが必ずしも住民福祉に貢献するとは言えません。専門治療を行う基幹施設を確立するとともに、全県をカバーする一定の医療の均一化が必要です。山梨県においては、疾病構造の変化を見越した診療分野と疾病の特性に応じた医師配置策が求められます。
山梨県地域医療支援センターとキャリア形成プログラム
山梨県地域医療支援センターは、医師のキャリア形成支援と一体的に医師確保を支援するため、平成25年4月に山梨県と山梨大学の連携により設置されました。筆者は2024年度から同センターを担当し、橋本幸治副センター長(山梨大学医学部脳神経外科)、山梨県医務課、事務補佐員とともに活動しています。当センターは、主に地域枠医師や修学資金貸与者を対象に、卒前から卒後、そして専門医取得に至るまでの連続的なキャリア形成支援を実施しています。
現在当センターでは、地域枠医師のキャリア形成支援として、「山梨県地域枠等医師キャリア形成プログラム」の策定を進めています。キャリア形成プログラムとは、地域枠医師や修学資金貸与者が、卒前から卒後、専門医取得、そして地域医療への定着までを一貫して支援する制度です。厚生労働省の原案では、卒後15年間のうち9年間を山梨県内の指定医療機関で勤務し、そのうち4年間以上を「医師の確保を特に図るべき区域等に所在する特定公立病院等」で勤務することを就業要件としています。この原案を改訂し、2026年3月医師免許取得見込みの地域枠医師より本プログラムを適用することを目指しています。本プログラムは地域枠医師の生涯学習支援の観点からも重要であり、卒前教育から臨床研修、専門医取得後の継続教育まで、地域枠医師が地域貢献と共に学び続けられる環境整備が求められます。
地域医療と専門性育成の両立
策定にあたり、当センターでは山梨大学病院などの地域枠医師の主な勤務先にヒアリングを実施し、各診療科や医療分野の実情と目指すべき方向に即した制度修正を進めています。その過程で明らかになった課題は、医師個人および所属施設(主に医局)が考えるキャリア形成プランと地域医療ニーズの調整です。地域枠医師もそれ以外の医師と変わらず、最短期間での専門医取得への希望が強い一方で、地域での勤務先が必ずしも専門医取得に必要な施設要件や十分な指導体制を有しておらず、地域枠医師のキャリアプランに合致しないケースが多々あります。
加えて、地域枠医師が最も多く在籍する山梨大学では、特定機能病院として高い専門性の追求を育成理念とする医局も多く、さらに大学では研究や教育といった診療以外の責務も果たす必要があります。一方で、地域医療現場では自立的な総合診療能力や多職種連携スキルが求められ、例えキャリアが浅くても一医師としての即応力が地域枠医師に期待されています。このように、地域枠医師のキャリアプラン、所属施設の育成コンセプト、そして地域医療のニーズは必ずしも一体とは限らず、この「専門性、総合性、即応性」を叶えることは容易ではありません。
この課題に可能な限り応えるため、当センターでは地域枠医師のキャリアプラン、派遣元医療機関の専門性重視の方針、そして地域医療のニーズを可能な限りカバーする制度設計を模索しており、現実的かつ効果的な就業義務の再設定を含めた検討を進めています。地域枠医師に過度な制約を課すことなく、一方で地域医療への貢献という責務を果たすバランスの取れた制度設計を目指しています。
おわりに
山梨県地域医療支援センターは、単に制度的な義務として地域医療への従事を求めるのではなく、医師が山梨県をベースとして多様な形で活躍できる環境を整備することで、真の意味での地域医療への貢献を実現したいと考えています。そのためには、地域医療ビジョンを見据えた学内外、卒前卒後が連携した包括的な支援体制の構築が不可欠であり、当センターがその一役を担う所存です。今後も、地域枠医師がキャリアを通じて学び続けられる仕組みを強化し、地域医療の質向上に寄与していきたいと考えています。