今回は浜松医科大学での取り組みについてご紹介します。
文責:浜松医科大学 今野 弘之 学長
最初に述べさせて頂きたいことは、シームレスな卒前・卒後教育の重要性です。医師の育成は卒前の学部教育と卒後初期研修・専攻医プログラムがシームレスに実施されるべきですが、所掌官庁が異なることなどによる課題も散見されます。特に学部教育から初期研修へのスムーズな移行は今後改善される必要があり、例えば卒業後に地域枠学生の把握が正確に為されていない点などは早急に解決すべきです。
さて、本論に入りますが、前提として第9次保健医療計画等、主な医療・保健行政は都道府県単位で計画・実施され評価される点です。医師偏在指数、医療機関数、医育機関数等は各都道府県によって状況がかなり異なります。この点を踏まえ、最初に静岡県の現状を述べさせて頂きます。
静岡県は全国でも代表的な医師少数県です。静岡県の人口は約352万で、北陸3県+山梨県の人口(約360万)とほぼ同じです。ちなみにこの4県では5つの医学部がありますが、本県では本学のみですので、医学部卒業生は年間110~115名です。従って医師少数県であることは必然であるといえます。一方で卒業生の約6割、70名程度が県内に残っており、現県内勤務医の約3割を浜松医大卒業生等、医局関係者で占めています。さらに県内各医療施設と行政の尽力により、本学を中心とした各専攻医プログラム応募者の増加により(2024年度の専攻医採用数は204名)、医師偏在指標は211.8と全国47都道府県中39位と改善しています(全国平均255.6)。
本学は今年開設50周年を迎えたいわゆる「新設医大」ですが、ゼロから始まった関連病院も今では約90施設まで増え、そのうち28病院長は本学卒業者や医局関係者です。さらに、松本吉郎日本医師会長(本学1期生)、静岡県医師会長、浜松市医師会長他、多くの地域医師会長などの要職を本学卒業生が担っており、医師会との連携もスムーズに行われています。さらに、学長自身が県健康福祉部や担当副知事、県病院協会会長や医師会長等と頻繁に意見交換を行い、数名のコアメンバーと行政で構成される専門家会議や医療、看護、歯科、薬剤等、県議や市長会の代表者らが一堂に会する医療審議会にも毎回参加し、医療政策の策定に積極的に関与しています。以上が静岡県の現状です。
今回の執筆依頼では、Key Wordとして地域医療構想、医師の地域偏在、地域医療の人材育成としての地域枠があげられていますので、これらの点を中心に述べさせて頂きます。
今年6月21日に国の骨太の方針が示されましたが、その中で、「医師の地域間、診療科間、病院・診療所間の偏在の是正を図るために、医師確保計画を深化させるとともに、医師養成過程での地域枠の活用、大学病院からの医師の派遣、総合的な診療能力を有する医師の育成、リカレント教育の実施等の必要な人材を確保するための取組、経済的インセンティブによる偏在是正、医師少数区域等での勤務経験を求める管理者要件の大幅な拡大等の規制的手法を組み合わせた取組の実施など、総合的な対策のパッケージを2024 年末までに策定する」と明記されています。
基本的にはこの方針に従った医育機関としての対応を求められていますので、最初に医師の地域偏在解消の切り札として期待されている地域枠について本学の状況を説明します。
本学でも静岡県と連携し、2020年から入学時に地域枠を峻別する制度を導入しました。本学では地域枠と一般枠の入試成績の区別は全くしておらず、入学後の教育も従来から地域医療を重点にしたカリキュラムを全学生に課しており、地域枠学生も一般枠学生と全く同じカリキュラムで修学しています。もちろん地域枠学生は県から修学資金を貸与されており、医師少数地域での勤務等の義務が生じていますので、県の担当者と定期的に面談を重ね、卒業後のキャリアパス等を詳細に詰めています。具体的には、卒業後9年間県内の病院で勤務することで、医学部在学中に貸与された修学資金の返還が免除されますが、臨床研修後7年間のうち医師少数区域及び医師少数スポット(以下「医師少数区域等」という)において、県が指定する医療機関での勤務を4年間以上勤務することが義務づけられています。
本学では2019年までは、入学後に「手上げ」により修学資金貸与者(地域枠)を募集し、20名の定員を毎年充足してきました。これまでに計277名の地域枠学生を受け入れ、県内の若手医師確保に貢献してきました。加えて、静岡県は県外の数大学と地域枠の協定を締結しており、2026年度以降は毎年数十名の地域枠医師を受け入れることになります。本学は県と協力しながら、勤務先の確保やキャリアパスプログラムのカスタマイズ等を行っています。現在、医師偏在指数も年々改善しており、本学が中心となる専門医プログラム参加数も2027年以降、飛躍的に増加すると見込んでいます。
次に「大学病院からの医師の派遣」については、本学附属病院の医師を地域の主要医療機関に派遣しており、地域医療の維持に貢献しています。この点も静岡県等の行政と協議しながら、効果的な派遣を行っていますが、今後地域医療の集約化、機能分化に応じて適宜派遣先等の変更も考慮しています。ただ、働き方改革による派遣先への影響はほとんど無いものと見込んでいます。
続いて「総合的な診療能力を有する医師の育成、リカレント教育の実施」について本学の取り組みを紹介します。総合診療医の育成は地域医療の「柱」であると考えています。本学では、2010年より、静岡県中東遠地域の3市1町(磐田市、菊川市、森町、御前崎市)からなる静岡家庭医養成協議会と連携し、総合診療医の育成に努めてきました。また、静岡県の支援により2013年に開設した地域家庭医療学講座は、静岡県内の地域医療の充実に貢献することを目的とし、学部学生に実習を通して総合診療の魅力を伝えてきました。学生の人気も高く、学部教育の充実に資すると同時に担当教授らの尽力により卒後教育として総合診療、特にプライマリ・ケアや家庭医療に関する研究体制も構築しています。
さらに、新専門医制度に合わせて、総合診療教育研究センターを設置し、学部から卒後まで切れ目のない地域医療を担う医師の支援体制を構築しました。現在は県内等25施設による総合診療専門医研修を実施して地域医療に貢献しています。これらの取り組みにより、静岡県内の地域医療の充実のみならず、研究活動も含めた質の高い総合診療専門医の育成が可能となっており、毎年数名の専攻希望者があります。整形、産婦人科から総合診療専門医を目指すダブルボード希望者も少なくなく、今後の地域医療のニーズにマッチした貴重な担い手として期待しています。
この他、静岡県の寄付により2018年に地域医療支援学講座が設置されました。人口当たりの医師数が少ない現状及び地域偏在等の課題の解消や、静岡県が策定した地域医療構想の実現に向けた調査・研究を行い、医療需要に見合った効率的で質の高い医療提供体制の構築と医師不足地域における医療研修体制の充実を図ることを目的としています。
最後に今後の取組についてご紹介します。静岡県は医師少数県の一つですが、道府県における二次医療圏での医師数等が全く異なるため、それぞれの実情に応じた施策が求められます。多くの大学は県庁所在地にあるため、所属する二次医療圏の医師数は充足していることが多いのですが、人口減と高齢化が想定以上に進む二次医療圏では状況が全く異なります。静岡県では賀茂郡等の東部医療の充実が求められており、本学としては今後医療圏に適した診療科の医師派遣等について県・市町の行政や病院協会、医師会と連携して全面的に協力していくつもりです。さらに、医療DXを推進し、ARやVRを利用した遠隔地診察や手術支援、AIによる症状の診断や治療計画の最適化サポート等の利活用を最大化して参ります。一方で、医療資源の有効な活用のために、集約化、機能分化を図っていく必要があります。来春浜松でスタートする地域医療連携推進法人は象徴的で、国立大学医学部附属病院が地域医療連携推進法人を設立することは全国で初めてです。浜松市が運営する浜松医療センター(600床)と本学附属病院(600床)が中核になり、双方が医療スタッフなど人的資源を相互有効活用するほか、医薬品の共同調達などでコスト減も期待できます。既に両病院では集中治療室(ICU)の患者データをリアルタイムで共有し、専門医師が遠隔会議できる体制も整っています。今後は役割分担しながら高度医療を提供するケースが増えると思います。合計1200床規模になれば、学生実習で希少疾患を含む多様な疾病への専門的な診療が可能となると共に、学生教育や臨床研究でも大変有益だと思います。さらに双方は車で30分程度離れた距離にあるので、災害時のBCP(事業継続計画)にも寄与します。東海トラフ地震発生の可能性などを考慮すると、2拠点相互バックアップ体制は重要です。まずは中核医療機関2つの連携ですが、将来的には地域の中小病院、かかりつけ医、介護施設なども包含するネットワークを構築し、災害や新興感染症にリジリエントな医療体制構築のモデルケースを目指しています。
総括しますと、本学卒業生の県内定着率の高さと県外地域枠の利活用、県内主要病院の尽力等により、医師少数県から脱しつつありますが、他の道府県と同様に多くの解決すべき課題があります。その中でも根本的な課題は、学部教育における人的及び物的資源不足、医療DXの遅れ、地域間格差、診療科間格差の拡大等、国全体で取り組み、我々も含め関係機関が一体となって知恵を出し合う必要があります。極端な医療資源の都市部集中を回避し、地域の医療を維持・発展させていくためにも、我々は本学建学の理念に謳われている「地域医療を中核として担う」との責務を十全に果たしたいものと思っています。皆様のご理解とご支援を賜れば幸いです。