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【富山大学】第33回 臨床医学と社会医学を駆使して地域を守る医療人の養成-富山大学における地域医療構想を踏まえた医学教育-

今回は富山大学での取り組みについてご紹介します。

文責:富山大学医学部長 関根 道和 教授

地域医療構想を踏まえたポストコロナ時代の医療人材養成

 地域医療構想とは、少子超高齢社会で必要となる医療機能(「高度急性期」「急性期」「回復期」「慢性期」)別の必要病床数を推計し、効率的な医療提供体制を関係者と協議して構築する取り組みである。具体的には、地域の医療供給体制を急性期中心から回復期中心に再整備することである。
 また、少子超高齢社会では生産年齢人口が減少することから、より少ない医療従事者でより効率的に医療を提供する必要がある。したがって医療供給体制を単に急性期中心から回復期中心に再整備するだけではなく、総合的な診療能力を持つ医師を増加させる必要性がある。
 さらに、新型コロナウイルス感染症における社会の混乱からの教訓としては、非常時でも安定した医療供給体制を構築することの重要性であり、救急災害医学や公衆衛生学などの社会医学的能力の高い医師を増加させる必要性がある。
 本稿では、こうした医療における社会環境の劇的な変化を踏まえた医学教育として、現在、富山大学と新潟大学が連携して行っている文部科学省補助金事業「ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業」について紹介したい。

臨床医学と社会医学を駆使して地域を守る医療人の養成

 富山大学と新潟大学は、「地域と世界で活躍できる医療人を養成する」という同じミッションを持って地域医療人材を養成してきた歴史がある。そこで、本事業では、富山県から新潟県にまたがる広域ネットワークを形成して、両大学の持つ地域医療人材養成の教育ノウハウを共有して、臨床医学(とくに総合診療学や感染症学)と社会医学(とくに疫学、公衆衛生学、救急医学、災害医学)を駆使して地域を守る総合的な能力を持った医師を連携・協働により養成している(図)。両大学が相補的な教育システムを構築することで相乗効果が発揮され、地域医療構想を踏まえたポストコロナ時代に求められる医療人材を養成できると考えている。

1.北越地域医療人養成センターの設置:

 本事業を統括する組織として北越地域医療人養成センターを設置し、富山大学と新潟大学の教員が主たる構成員となって、月に1回程度のオンライン会議を定期的に開催するとともに、事業全体の管理運営を行っている。センターは、自治体や医師会、臨床実習病院との調整、オンデマンド教材の開発を含む教育コンテンツの管理、ホームページやSNSを通じた情報発信を行っている。また、センターは、両大学の教務委員会や教授会とも連携をとっており、医学部全体で事業を支援する体制となっている。

2.入口戦略:

 地方都市に共通する課題は、大学進学を契機とした大都市への移動による人口の社会減である。それが、地方都市の医療人材確保における困難の原因となっている。したがって地方都市における医療人材確保のためには、地域医療や地域を守ることに関心を持つ小中高生の増加が必要である。そこで、大学入学前の施策(入口戦略)として、地域との連携によりインターンシップや学校訪問、模擬講義等を実施することで、地域医療や地域を守ることに関心を持つ小中高生を増加させる施策をとっている。例えば、富山大学では、地元メディアと連携した小学生対象の「ジョブキッズとやま『医師のしごと』」により毎年40名の小学生を受け入れ、医療面接、シミュレーション機器を用いた体験講座を実施している。また富山県教育委員会と連携した高校生対象の「アカデミックインターンシップ」により毎年40名の高校生を受け入れ、富山大学医学部を目指す高校生の増加を目指している。

3.教育戦略:

 大学入学後の施策(教育戦略)として、(1)全医学生必修の「エッセンシャルコース」と、(2)地域枠学生等を対象とした「アドバンスドコース」を設定している。
 エッセンシャルコースでは、4つのコンピテンシー((1)地域医療プロフェッショナリズム、(2)臨床医学的能力、(3)社会医学的能力、(4)ICT運用能力)を修得する(表)。実際、総合診療や感染症、災害医療等に関するオンデマンド教材の運用を開始している。また、地域行政実習や救急業務実習、地域診断実習、遠隔診療実習、長期プライマリ・ケア実習等の各種実習を実施した。そして、こうした講義や実習について、オンライン会議システムにより振り返りを行っている。
 アドバンスドコースでは、医師不足のため地域医療構想の重点支援区域となっている新潟県上越地域のフィールドワークを行って、各種統計情報の分析から施策の提言までを学修する統合型教育を行なっている。令和5年度は、新潟労災病院において「サマースクール in 上越 2023」を実施。上越地区の統計情報やフィールドワークを通じて、富山大学と新潟大学の学生が地域医療の現状と課題を理解するとともに、地域医療の将来についてのディスカッションを行った。また、富山大学において「臨床医学と社会医学を駆使して地域を守る医療人養成」事業シンポジウムを開催し、両大学の学生や教職員、医療関係者、行政関係者が令和5年度事業の振り返りを行った。
 評価委員会による事業評価と、シンポジウムでの市民や学生からのアンケート結果を踏まえて、事業の継続的改善を図っている。

(表)臨床医学と社会医学を駆使して地域を守る医療人に必要な4つのコンピテンシー

1 地域医療プロフェッショナリズム:入学早期からの地域医療に関する講義や実習を通じて、多職種協働を含めた地域を守るマインドを醸成する。
2 臨床医学的能力:コロナ禍でも高度な臨床教育を実施するためにシミュレーション教育を充実させ、地域を医療面から守るうえで重要な臨床医学的能力(特に総合診療や感染症に関する能力)を高める。
3 社会医学的能力:マネジメントスキルやデータサイエンススキルに関する教育を充実させ、地域をシステム面から守るうえで重要な社会医学的能力(特に疫学、公衆衛生学、救急医学、災害医学に関する能力)を高める。
4 情報通信技術(ICT)運用能力:デジタルトランスフォーメーション(DX)やICTに関する教育を充実させ、オンライン会議や遠隔医療等に対応できる能力を修得する。

4.出口戦略:

 大学卒業後の施策(出口戦略)として、本事業の修了者による学生指導を含めた地域を守る医療人の継続的な育成を行うこととしている。また、専門医(総合診療学、救急医学、感染症学、社会医学系専門医)取得などのキャリア形成を支援する。これらにより、継続性、再現性、循環性のある地域を守る医療人養成のモデルをつくることを目指している。

5.全国展開:

 本事業で構築された「臨床医学と社会医学を駆使して地域を守る医療人」の人材養成モデルを全国に向けて情報発信することにより、日本の医療の質の向上を目指している。実際、事業ホームページを開設するとともに、事業に関するニュースリリースやSNSにより積極的な情報発信をしている。

ミッション「地域と世界で活躍できる医療人の養成」の実現に向けて

 富山大学医学部は、1975年に富山医科薬科大学医学部として設置され間もなく50周年となる。医学部50周年を記念して富山大学医学部基金を設置し、シミュレーションセンターの拡充はじめとする医療人教育の充実に邁進している。本事業を通じて、地域医療構想をふまえてポストコロナ時代に対応できる総合的な能力を持った医師を養成して、富山大学医学部のミッションである「地域と世界で活躍できる医療人の養成」に努めたい。

質問 ※「+」をクリックすると詳細がご覧いただけます。

出口戦略としてキャリア支援に力を入れておられるのがすばらしいと思いました。
 貴学卒業医学生が、富山県内で研修したいと思うことに着目して展開されている独自性のあるコンテンツ企画などがございましたらお教えください。本県を含め、地方では若手医師確保が依然として大きな課題です。

自身の過去の研究から、県内高校出身率の高い医学部ほど県内定着率が高いことがわかっており、県内定着率を増加させる最も重要な要素は、県内高校出身率を高めることだと考えています。そこで、地元メディア等と連携した小学生対象の職業体験イベント(ジョブキッズとやま「医師のしごと」)をはじめとして、小児期からの地域医療人材養成を行っています。また、入学後の教育コンテンツとしては、地域志向科目群(初年次教育)、地域課題解決科目群(専門教育)、地域医療実習(臨床実習)といった講義や実習があります。文部科学省補助金と関連した独自性のあるコンテンツとしては、「長期地域滞在型プライマリケア実習」(12週間)を開始し、地域を守るマインドを醸成する地域医療実習を行っています。

本学でも50周年記念事業について鋭意準備中ではございますが、50周年の節目をトリガーとして医学教育での何か改革を予定されていますでしょうか。特に地域医療教育のカリキュラムディベロップメントに関して、本学でも検討を重ねているところとなります。

医学部50周年事業の主なものとして、(1)富山大学医学部基金の設置による教育・研究のさらなる充実、(2)シミュレーションセンターの整備によるシミュレーション教育の充実があげられます。(1)は、国立大学の予算は、基本的に1会計年度で執行することが前提となっており、余剰金を積み立てて運用し、運用利益で教育・研究を充実させるといった発想がありません。それでは、毎年、補助金などの外部資金の獲得に明け暮れることになるし、急な資金需要があった際に対応できません。そこで、医学部基金を設置して、運用利益により医学教育に経常的にかかる費用の一部を賄う予定です。また、(2)は、医学部基金を活用して整備します。医学教育改革の点では、分野別評価に関連した改革が行われており、とくにIR(Institutional Research)の充実によるエビデンスベースの医学教育改革が進められています。

新潟大学との共同での医療人育成について、新幹線沿いの交流もでき、実際に色々な連携ができると思いました。
 一方で、歴史的なものとか、関連病院の構成とか、様々な要素があるかとは思いますが、新幹線と同じく繋がる金沢大学との連携への模索は何かあるのでしょうか。

富山県は、1975年に富山医科薬科大学が設置されるまでは無医大県でしたので、金沢大学をはじめとする富山大学より歴史のある大学の卒業生によって、富山県内の地域医療が維持されていました。現在でも、様々な大学の卒業生によって富山県の地域医療は維持されており、臨床実習では金沢大学と富山大学の両大学の医学生を受け入れている病院があるなど、地域医療人材を連携して養成しています。また高度医療人材養成を目的とした「次世代北信がんプロ」では、金沢大学、金沢医科大学、福井大学、富山大学、信州大学、長野県看護大学の6大学が連携して、北信地区のがんプロフェッショナルを養成しています。

多くの医科大学が創立50周年を迎えると思います。人口減少、運営交付金の削減、病院を取り巻く環境が厳しくなる中、同じ課題を持っているかと思います。
 国立大学法人化後、特に地域への貢献が求められる大学として、他の学部との連携を推進することで、大学全体としての貢献が求められるのではないかと思います。
 こうした観点から、富山大学全体の中の医学部として、現在取り組んでいる事、連携や協同などがあれば、また今後の計画などがあれば教えてください。

富山大学医学部は、富山医科薬科大学医学部として開学したことから、開学当初から薬学部とは教育や研究、社会貢献等で連携しています。たとえば、学部教育においては、医学生、薬学生、看護学生の合同教育が複数存在(「医療学入門」、「和漢医薬学入門」等)し、医学部と薬学部は協働で医療人材を養成しています。また、大学院教育においては、総合医薬学研究科や医薬理工学環が設置されており、医学部と薬学部の協働に加えて、理工系学部と協働して高度な人材を養成しています。研究においては、例えば、理工学系学部とは「データサイエンス」や「脳科学研究」等で連携しており、人文社会系学部とは「健康なまちづくり」等で連携するなど、医学部は全学展開しています。

地域医療構想の最終段階が近づいています。複数の大学からの派遣が混在する富山県での、地域医療構想への対策は難しい面もあるかと思います。
 富山大学として、富山県における地域医療構想策定において、医師会・富山県との意見交換・連携などは、具体的にどのように進めており、その進展はいかがでしょうか。

富山県では、医療審議会のもとに4圏域(富山、高岡、新川、砺波)ごとに地域医療構想調整会議が設置されています。調整会議は、病院、医師会、歯科医師会、薬剤師会、看護協会、介護福祉関係者、保険者、行政関係者、市民等などから構成され、富山大学は、富山圏域の病院として地域医療構想調整会議に参画して意見交換を行っています。また、富山県からの依頼により、県内医療機関のDPCデータやレセプトデータを分析して地域医療構想における4種類の医療機能(高度急性期、急性期、回復期、慢性期)の必要病床数を算出したり、「地域医療構想アドバイザー」を各圏域の地域医療構想調整会議に派遣するなど、様々な連携や協力を行っています。

感想

各大学のそれぞれの執行部が知恵を出して対応していることが良くわかり勉強になります。
富山大学は一校だけではなく北陸地方の地域医療を新潟大学と一緒に取り組んでいることが特徴ですね。学閥などやっていられない新設医科大学のご苦労がしのばれます。

各大学のそれぞれの執行部が知恵を出して対応していることが良くわかり勉強になります。
 富山大学は一校だけではなく北陸地方の地域医療を新潟大学と一緒に取り組んでいることが特徴ですね。学閥などやっていられない新設医科大学のご苦労がしのばれます。

感想へのコメント

ご評価いただき誠にありがとうございます。ご存じの通り地方国立大学は、教員数をはじめとして教育リソースが限られる中で医学教育を行っており、近年の医学教育に求められる水準の医学教育を実施するには、様々な困難を伴います。今回、文部科学省補助金により新潟大学と地域医療教育を協働する機会を得ましたが、自大学で不足している領域をお互いにカバーできるとともに、県境の地域医療の維持にとって有益であると考えます。本学では、医学部50周年記念事業の一環として、富山大学医学部基金を設置しました。様々な手段を用いて、教育・研究のさらなる充実に努めて参ります。

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