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【東北大学】第19回 地域医療構想を踏まえたこれからの医学教育

今回は東北大学での取り組みについてご紹介します。

文責:東北大学医学部長・医学系研究科長 石井 直人 教授 

はじめに

 東北大学医学部は1872年に開設された宮城県立医学所を源流に1915年に東北帝国大学医科大学として設置された。本学の建学理念である「研究第一」、「門戸開放」、「実学尊重」をミッションとしており、すなわち、研究を第一義の使命とし、多様性と公平性を重視し、人類の健康に貢献する成果を挙げ新たな社会的価値を創出することを目標としている。一方、設立の歴史的経緯から、東北6県を中心に北日本地域の医療機関と広域連携体制を確立し100年にわたって地域医療を支えてきた。2004年の卒後臨床研修制度開始後から東北地方全体の医師不足が急速に進行し、従来の方式での医師配置が困難となった。そこで、卒後臨床研修での医師の養成と地域医療に寄与することを目的としてNPO法人「艮(ごん)陵(りょう)協議会」を2008年に設立し、現在、その加盟病院は11道県118機関に達している。宮城県においては2016年に東北医科薬科大学医学部が新設され、本学と同大学が両輪で宮城県の地域医療を支えることとなり両大学間で密接な連携を図っている。以上の背景から、「研究第一」に則りphysician scientistを養成すると同時に「実学尊重」の精神と合致した地域医療を担う医師を養成し、「門戸開放」すなわち多様性重視の価値観から、医師に限定せずに多様な人材を輩出することが本学医学教育のミッションである。
 東北大学ではJACME受審および医学教育コア・カリキュラムの令和4年度改定を受けて、地域医療実習を含めた臨床実習カリキュラムの大幅改定に着手したばかりであり、現状で地域医療構想まで踏み込んだ医学教育を実施する体制は整っていない。そのため、本学の医学教育・臨床実習の現状を地域医療の観点から紹介し、地域医療構想を踏まえた本学の医学教育について考察したい。

地域枠制度について

平成22年度から入学後手挙げ方式の地域枠制度を設置し、平成26年度からは33名の定員で実施していた。具体的には3年次に希望者を地域枠に採択し、卒後義務履行期間を4年間と短くすることにより、不履行者はほとんどなく、履行後も本学医局に所属して地域医療に貢献していた。しかし、定員充足率が低かったため令和2年度から、入試と紐付いた地域枠制度に変更し宮城県枠7名、岩手県枠2名として実施している。新制度による地域枠学生は1年次の早期医療体験実習と5,6年次の地域医療実習および長期地域医療実習を当該県の医療機関で行うものとし、地域医療への動機付けを高め当該地域への定着を図っている。

その他の取組

本県の中で最も少子高齢化が進んでいる自治体である宮城県登米市からの寄附で地域医療寄附講座を設置し、登米市民病院に本学教員を常駐させ、半数近くの学生が同院で1週間の地域医療実習に従事している。同院での実習では在宅医療・在宅看護にも触れるように設計しており、回復期・慢性期病院と在宅医療の役割の両者を学ぶことが可能である。
地域医療については、文科省GP「コンダクター型総合診療医の養成(H25年度採択)」及び「コンダクター型災害保健医療人材の養成(H30年度採択)」により、高齢化社会における地域医療の課題や災害慢性期の被災地医療の課題解決のため、地域、他職種及び患者会と連携し、地域医療に貢献する専門医療人養成を行ってきた。これらの事業の過程で本学医学生が中心となり総合診療勉強サークル「Team COOL」を立ち上げ、総合診療や地域医療に資する活動を学生自身で展開している。
 大学院においては文科省GP「未来型医療創造卓越大学院プログラム(H30年度採択)」で、医療系(医師、歯科医師)、文系、理系のそれぞれ3人の博士課程大学院生を1グループとして、少子高齢化が最も進んだ地域の医療機関に1週間滞在させ、20年後の日本の人口構成地域の医療の問題点と改善の方策および研究シーズを自ら考案する教育プログラムを実施している。医師とは異なる視点から様々なアイディアが提案され、特許出願に至った例も出現している。地域医療における医師偏在とそれに伴う課題の解決には、本例のような他分野連携や学際的な教育が重要であると考えられる。

今後の構想と課題

 実践的な地域医療実習を充実させるために登米市民病院(寄附講座設置機関)での地域医療実習を3週まで拡大することを検討している。しかし、仙台市から学生が通うことが不可能なため実習期間中の宿泊費・生活費の捻出が問題となっている。
 本学が培ってきた広域連携地域医療支援制度(艮陵協議会)と都道府県単位の地域医療行政とにずれが生じており、医学教育の観点からは、県境を越えて学生を派遣する際に当該県の自治体からの支援を受けることが難しく、受入病院および学生自身が派遣費用を捻出せざるを得ない状況である。しかし、医師不足・偏在の観点からも地域医療構想の観点からも、北日本地域の医療機関との連携強化と臨床実習学生の派遣は引き続き重要であり、さらに、東北地方の慢性的な医師不足を改善するためには、縦割り行政を越えた東北地方七大学の密接な連携が急務である。
 東北医科薬科大学は、宮城県キャリア形成プログラムとは異なる独自の地域枠プログラムを運用しており、卒後10年の義務履行を課した地域枠学生を35名/年を輩出する。本校の宮城県枠7名を合わせ42名/年が義務履行を行うことで宮城県の医師不足と医師偏在の改善を図る予定である。そのため宮城県地域医療対策協議会が一元的に義務履行医師を配置できるよう、両校が参加して制度設計を開始したところである。

質問 ※「+」をクリックすると詳細がご覧いただけます。

NPO法人艮陵協議会では、加盟11道県118機関を対象とする指導医講習会をされており、効率的な取り組みであると感じました。千葉県の病院等も加盟していますが、加盟要件を教えてください。

NPO法人になった時点で、加盟する要件は、定款(http://www.gonryo.com/info/rules.html)に定められております。加盟病院は定款上では団体正会員となります。
第6条 正会員 この法人の目的に賛同して入会した個人及び団体団体正会員の入会金は1万円、年会費は7万円となっております。
法人の目的に賛同していただければ、どなたでもどの病院でも入会することができます。

艮陵協議会の設置が東北7県の研修医数の変化に与えた影響をどのように評価しておられますか?

艮陵協議会の歴史は1968年のインターン闘争にまでさかのぼり、非入局自主ローテートを研修医、加盟病院、大学の三者がそれぞれ対等の立場で初期研修のありかたを追及した結果できた任意団体「三者協議会」を2008年にNPO法人化したものです。その目的は、(1)特定非営利活動に係る事業、(2)指導医の確保と養成に関する事業、(3)研修医の確保と育成に関する事業、(4)地域医療に従事する医師の支援に関する事業(5)医学・医療の発展を支援するための事業、(6)地域医療の充足に関する事業などの実施です。この歴史的な継続性は2004年にはじまった卒後初期臨床研修のモデルのひとつとなりました。5年ごとに見直される初期臨床研修制度にも対応しながら、これまでに1,000名以上の臨床研修指導医を認定し、どの大学の学生でも参加可能な合同病院説明会を開催し、研修医および指導医の臨床技術の向上と標準化などを実施しています。三者協議会設立当初から、東北大学を卒業し、艮陵協議会の加盟病院で研修する学生は卒業生の60%近くを占めておりますので、50年以上前から屋根瓦式の研修および研修指導、研修終了後の大学への人材還流、指導医の派遣が行われてきました。艮陵協議会(三者協議会)がなかったならば、東北地方で研修する研修医の数と質は大きく異なっていたと考えます。

 「艮陵協議会と地域医療行政とのずれ」が生じているとのことですが、学生実習に関わる費用関連の他にはどのような問題があり、どのような対応が必要とお考えでしょうか?

地域医療に関する制度設計や補助金交付等は都道府県単位であり県境を越えた対応は想定されておりません。また、岩手県、山形県、宮城県を除いては艮陵協議会が地域医療制度に関与するための公式の場は設けられていません。すなわち、それぞれの県の地域医療対策協議会の当該県の中で閉じており、東北全体の医師配置を議論する場が存在しない点が問題であると考えます。地域性や各大学の診療科の事情などを鑑みて、東北全体で医師配置を議論する場が必要のように思います。

艮陵協議会と各都道府県の各大学の医学部との連携を教えてください。

艮陵協議会は東北大学を中心に発展してきましたが、NPO法人には定款どおり、設立趣旨に賛同できる方はどなたでも、どの団体でも参加することができます。各加盟病院は北海道から関東におよぶため、各所在地の大学との関係も良好に保つ必要があります。人口減少に直面する今日、競いあいながらも協力しあって医学部から卒後初期臨床研修、後期研修(専攻医)、指導医へとシームレスにキャリアを重ねていくことを支援できればと考えております。各種セミナー、臨床研修指導医講習会への参加は加盟病院からの申し込みを優先していますが、出身地、出身大学は無関係です。合同病院説明会の案内は東北の各医学部に送付しています。セミナーの講師も各地からおいでいただいております。

看護科と合同の多職種連携ワークショップの実際についてご教示ください。

医学科1年生・看護学科1年生を対象とした医療安全を題材にした半日枠でのワークショップです。患者取り違え、筋弛緩薬の誤注入、患肢の左右取り違えに伴う健康側の四肢の切断という実際に起きた事例について、その原因や改善策をグループ内で討論し、それぞれが全体会で発表し全体討論を行う形で実施しております。

総合診療サークル「Team COOL」の具体的な活動についてご教示ください。

最初に、総合診療サークルTeam COOLが、コロナ禍で活動を縮小し臨床推論サークルTeamCoolと名称変更したことを認識せずに記述し、誤解を与えましたことをお詫び申し上げます。本サークルは、文科省事業「リサーチマインドを持った総合診療医の養成(H25-29)」に本学が採択されたことを契機として、同事業に学部生を参加させたことで設立されました。2019年頃までは「東北どまんなか~総合診療勉強会~」を定期的に主催し、夏休み等に高名な総合診療医を招聘し、東北地方の医学生や保健学科学生100名程度が参加する総合診療勉強会を実施するなど、精力的に活動しておりました。しかし、コロナ禍によって対面による活動を自粛したことから活動範囲が東北大学内までに縮小し、さらに、昨年度からは臨床推論サークルに名称を変更し臨床推論の勉強会を開催するにとどまっております。

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