記事詳細

TOP 特集記事 【佐賀大学】第1回 地域医療構想を踏まえたこれからの医学教育

【佐賀大学】第1回 地域医療構想を踏まえたこれからの医学教育

文責:佐賀大学医学部附属病院 医師育成・定着支援センター 江村 正 センター長

【佐賀県の地域医療構想及び医師確保計画】
佐賀県は医療機関数、病床数などの医療資源が全国平均を上回り、基幹病院も分散配置されている。比較的恵まれた環境であると言えるが、逆にアクセスの良さが裏目に出て、救急の負担が基幹病院に集中している傾向にある。今後の人口動態を考慮すると高度急性期機能の需要増加に対処するための医師と総合的な診療能力を有する医師の育成が佐賀県に求められている。
医師数においては現時点で佐賀県は「医師多数都道府県」の水準にある。しかし2018年の医師・歯科医師・薬剤師統計において県内で勤務している医師数が2年間でわずか1名の増加にとどまり、全国ワースト2位であることが判明した(表1)。若年層の医師が減少傾向にあり勤務医・開業医ともに高齢化していることがわかり、近い将来の佐賀県の医師不足が懸念されることとなった

そこで佐賀県としては、従来の施策である医師修学資金貸与事業の継続、医学部臨時定員の見直しなどに加えて、2020年度より医師の育成・定着促進事業としてSAGA Doctor-Sプロジェクトを開始した(図1)。Settlement(定着)を中心に据え、Spirit(志)、Support(支援)、Satisfaction(満足)の3つのSの視点から実施可能な取組を順次実施することになった。

そのプロジェクトの一環として、2021年度より佐賀大学医学部附属病院に佐賀県の委託講座である「医師育成・定着支援センター」(以下、当センター)を設置することになり、特任教授1名、特任助教1名が配置された。当センターのコンセプトとして、Career consulting(キャリア形成支援)、Education(卒前・卒後・生涯教育)、Evidence(医師需給に関する科学的なデータ収集)、Network(ネットワーク作り)の4つが示された(図2)。当センターには医療法に基づく県の地域医療支援事務の一部が委託されキャリア形成プログラムの策定等にも関わることになる。センター長は「佐賀県地域医療対策協議会」に委員として、地域医療構想調整会議にはオブザーバーとして参加し、第8次保健医療計画の策定にも関与が求められている。

【地域枠学生への教育】
 当センターでは地域医療に貢献する意欲のある優秀な地元学生を獲得する目的で、高校を訪問して佐賀大学のアドミッション・ポリシーの周知を図っている。医学生に対してはキャリア形成に関する個別面談を行いセミナー等も開催している。
 現在、地域枠入学生に対する「地域枠入学生特別プログラム」として、1年次に「佐賀県内基幹病院・中核病院実習」が行われているが、それ以外に大学の枠を超えた取り組みとして「自治医科大学・佐賀大学・長崎大学合同夏期実習」を行っている。元々、自治医科大学の医学生が夏期に県内で行なっていた実習に、佐賀大学の佐賀県推薦入学生と長崎大学の佐賀県枠学生を加えて行ってきた。地域医療に従事する医師の役割や責任についての認識を深める目的で、離島や山間部の診療所や中核病院の見学、地域での健康講話の実施などを行なっている。異なる大学の学生が参加することでお互いの刺激になっている。また将来佐賀県の地域医療を担う者同士の交流ということで、人間関係作りにも非常に役立っている。

【今後の課題】
 佐賀県の地域枠に相当する学生はこれら3大学に所属しているが1学年30名に届かず佐賀県の医療を担っていく数として十分とは言えない。全国的に研修医は都市圏に集中しており佐賀に都会から臨床研修医がどんどん集まってくるようにするのは、教育のことだけでは解決せず大変難しいと考えている。他県から縁が有って佐賀大学に学んだ学生が一人でも多く定着するようにまず卒前教育をより充実させるしかない。そのためには佐賀大学に入学したすべての医学生を“地域枠”の学生と考え、地域全体で育てていく必要がある。今までも県内の診療施設の協力を得ながら、入学早期からの体験(見学や実習)を行なっているが、今後も佐賀県医師会、佐賀県内の同窓生などとも協力し、地域医療により関心を持つことのできるような教育企画を実施していくことが必要と考えている。
 佐賀県の医師確保と、いわゆる医局の入局者を増やすことはは切っても切り離せない関係にある。そう考えると、佐賀県の医師確保のキーパーソンは大学の中堅クラスの指導医と言える。今の指導医は、働き方改革、子育て医師支援、多様な価値観を持つ医師への対応など、従来の知識や経験では対応の難しい課題に直面している。診療・研究・教育を従来通り一生懸命やっていても、なかなか入局者増加につながっていない現状がある。医局長クラスの中堅指導医には意識改革とマネジメント能力が求められていると考え、当センターから今の学生の指向や価値観などについて指導医に情報発信をしている。また県内の中堅医師を対象としたマネジメントのスキルアップ研修も近々実施予定である。

取り組みに関するHP:作成中

質問 ※「+」をクリックすると詳細がご覧いただけます。

 若年層医師の減少、勤務医・開業医の高齢化などは多くの県に通じる課題であり、「総合的な診療能力を有する医師の育成」が求められているところは首肯するところです。
 指導医側の意識の変革はとても重要で、指導法やマネジメントの習得が大事と感じます。一方で、指導医層の(中堅医師)心理的、身体的負担が増えることもケアの対象となる印象があり、指導を受ける若い医師だけでなく、中堅層も新しい教育を受ける機会やサバティカルのようなフィードバックがあると、長期的なやりがいに繋がるのかな、とも感じました。この点について、検討されている点がありましたらご教示ください。
 佐賀県のように医師多数県であっても、2016年→2018年の間の医師数の増加が1名に留まっていること、更に医師の定着を図るべく様々な工夫をしていることに驚きました。また全国的には恐らく需要が減ると認識されている「高度急性期機能」について、佐賀県では需要増加を見込んでいるというのも驚きました。この点に関連して、下記に佐賀県の平成30年度病床機能報告の結果が載っています。

https://www.pref.saga.lg.jp/kiji00371358/index.html

 5つの二次医療圏のうち2つで2025年に向けて高度急性期の病床を増やしたいという予定が挙げられています。また佐賀県が出している「令和元年度、2年度病床機能報告等の集計結果」(下記URL)にも詳細なデータが載っていますが、高度急性期病床の充足率は医療機関の希望から計算されたものなのか、人口動態から割り出された必要数なのか、よく分かりませんでした。この資料の5ページの必要病床数で高度急性期の充足率は確かに極端に低い数値なのですが、一方で8ページでは、病床利用率は高度急性期が最も低くなっているあたりに解離を感じました。

https://www.pref.saga.lg.jp/kiji00380320/3_80320_203507_up_k3ks02bk.pdf

 どういった背景があるのかご教示いただけるとありがたいです。

ご意見、ご質問誠にありがとうございます。
 確かに医師臨床研修制度が必修化されたことにより、研修医の指導のみならず、従来各診療科の研修医が一部を担っていた臨床実習生の屋根瓦的指導も、その診療科の中堅医師の仕事になった印象があります。少なくともこれまでのように、臨床現場で忙しい中堅医師に、学生や研修医の指導すべてを押し付けることは考え直す必要があります。
 臨床現場の指導医の負担を減らすためには臨床医である教育専任指導医の存在が必要と思われます。現場の中堅層と同じ目線に立ち、共に教育を行い、共に医師の確保を考え、医局員を増やすことが、中堅層の長期的なやりがいに繋がると考えております。
 現在佐賀大学では個人の活動実績報告、自己点検評価に関して、教育業績もアピールできるようになっていますが、残念ながら研究業績の時のような論文数やインパクトファクターといった指標がありません。臨床現場の指導医に関しては、教育業績を正当に評価することが必要と思われます。

 佐賀県の医師需要に関しては、次の3つの視点から高度急性期機能の需要増を見込んでおります。ご参照ください。

①高度急性期の入院需要
 2013年に比較し2025年~2040年の高度急性期医療の需要が高い状態が続くこと。(以下資料参考)
②疾患別の入院需要
 2035~2040年まで循環器系・呼吸器系・損傷その他の疾患の入院需要が増加する推計が出ており、待てない急性期(脳卒中・心疾患・外傷)の需要増に対応できる体制を整える必要があると考えられること。
③将来人口推計
 75歳以上の人口が2035~2040年頃にピークを迎える推計が出ていること。

地域医療 一覧