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【金沢大学】第29回 金沢大学における地域医療構想を踏まえた医学教育

今回は金沢大学での取り組みについてご紹介します。

文責:金沢大学医薬保健学域医学系医学教育学 太田 邦雄 教授

はじめに

 金沢を県都とする石川は、本州中央の日本海側に位置する人口110万人余の県であり、能登北部、能登中部、石川中央、南加賀の4つの二次医療圏がある。県全体では全国12位の医師多数県(2018年)ながら、能登全域と白山麓という広大な過疎地域を抱え、医療従事者の地域偏在が課題の一つであったところ、今年元日の震災であらゆるインフラの脆弱性が浮き彫りとなり、「地域医療」構想ばかりか地域のあり方まで見直しを迫られている。

 金沢大学は、高度先進医療、災害医療・高度救命救急医療を担う人材の養成とともに、能登半島を含めた石川県と北陸地域に地域医療を担う人材を輩出する役目を自負しているが、この両者に共通し、かつ卒前教育に求められているのが「地域を診る総合診療能力」である。それは第一にプロフェッショナリズムに基づいた患者ケアのための診療能力であり、さらにはコミュニケーション能力、総合的に患者・生活者・地域をみる姿勢、および多職種連携能力である。

 ここでは医学教育に関する金沢大学医学類の取り組みのうち「診療参加型臨床実習の特徴」「総合的に患者・生活者・地域をみる姿勢を育むための取り組み」について紹介する。

診療参加型臨床実習体制の特徴

 2019年にカリキュラム改革を経て達成した診療参加型臨床実習体制の特徴は以下の通りである。
・コア診療科計40週、コア診療科以外計18週、選択必修計16週、総計72週間の実習期間を確保し、コア診療科については1ターム4週間で実施するために、金沢大学附属病院と北陸3県を中心とした42の関連病院を一つの教育病院と見立て、学生がローテーションする仕組みを構築した。特に総合診療科・地域医療臨床実習では、各施設1名の学生配置とし、宿泊型で4週間の実習を実施している。さらに大学院留学生を模擬患者とした英語医療面接を実習の一部に取り入れていることも特徴の一つである。
・また学外指導医制度[臨床教授(学外)やインストラクター等]や学内においては教育医長制度を整えて指導体制を明確化し、FDの一環として、実習に関わる指導医のため毎月連絡協議会を開催し、情報共有と指導医の質の担保を図っている。

 新型コロナのパンデミック期には診療参加型が十分機能しない時期もあったが、指導医の意識改革も徐々に浸透し、当初紙媒体で運用していたポートフォリオも2022年度より順にCC-EPOCを採用して生涯ポートフォリオとしての活用をするとともに、4週毎の連絡協議会では学生の経験症候数や基本的診療技能の目標到達数の分布を学生のみならず指導医にもフィードバックして、診療参加型のさらなる実質化を目指している。
 また新たな取り組みとして現在、総合診療科の西岡亮助教を中心にPoint Of Care Ultrasound(POCUS)を実習に取り入れようとしている。診断学実習で基本的な考え方と手技を学び、実習医療機関での積極的な活用をいわば逆屋根瓦方式で進めようという試みである。幸い医学生と研修医に好意的に受け入れられてPOCUSの勉強グループが立ち上がっており、毎週自発的に自己研鑽に励んでいる。日本ポイントオブケア超音波学会学術集会・学生の部にも参加しており、今後の発展が期待される。

総合的に患者・生活者をみる姿勢を育むための取り組み

 総合的に患者・生活者・地域をみる姿勢を育むための取り組みには、前回シリーズ第29回(2020年8月24日アップ)で報告した4年次「総合診療学/地域医療学地域アセスメント演習」以外にも各学年で実施しているが、特色ある取り組みとして以下の2つを取り上げる。

・2年次「社会科学・行動科学」
 シネメデュケーションを採用し、映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」鑑賞を通して、疾病により経済的基盤を失い、貧困から抜け出せない登場人物たちの健康と人間としての尊厳を守るために、医療は何ができるか、社会はどうあるべきなのか、健康の社会的決定要因や保険制度、社会関係資本等に関して看護学専攻学生を交えた小グループ演習で学ぶ多職種連携教育の一環として実施している。同時に文化人類学的視点をワークを通して獲得することを目指している。

・4年~5年次「実習のまとめ」
 臨床実習(コア・ローテーション)10ターム中の3タームの最終日に、「実習のまとめ」として次に挙げる3つのテーマについて振り返るグループ演習を設けている。
 すなわち、患者さんを生活者として見つめ直し、そこから何を学んだか振り返る「社会科学・行動科学」、実習中にモヤモヤしていたことを共有し、臨床倫理の視点からグループで深める「臨床倫理」、Appreciative inquiry という手法を用いて、実習中に経験した感動から物語を編み出し、医療者のプロフェッショナリズムについて考える「プロフェッショナリズム」である。

最後に

 過疎地での持続可能性の高い医療提供体制構築には、今後益々地域に根差し、総合的に患者・生活者をみる姿勢を持った総合診療能力が求められることは間違いない。そしてそれは災害医療にも高度先進医療のチームにも必要とされる能力であり、卒前卒後の医学教育に課せられた課題と考えて取り組んでいく所存である。

質問 ※「+」をクリックすると詳細がご覧いただけます。

診療参加型臨床実習として、学内で行われている具体的な例としてどのようなものがあるでしょうか。

 学内外を問わず、実習診療科の診療チームの一員として診療に参加させて頂くよう各科に依頼しております。学内では病棟中心となることが多く、主治医の一人として担当患者を毎日診察し、チーム回診時のプレゼンとディスカッション、フィードバック、およびカルテ記載を必須としています。また、CC-EPOCを利用して各症候に関する臨床推論の記載(800字以上)とフィードバック、基本的臨床手技の評価、EPAの評価、資質・能力の評価、各診療科1回のmini-CEXを依頼しています。

学外施設を十分に活用した臨床実習を行っているようですが、遠い地域の医療機関の指導医へのFDはどのように行っているのでしょうか。

 教育提携医療機関の指導医には成人学修理論、Workplace-based Evaluationに関する内容等について年1回講演会を開催し、臨床実習インストラクター、シニアインストラクター等の称号を付与して、指導にあたっていただいております。また毎月1回連絡協議会をオンラインで開催し、情報共有を図っております。

学外施設に、1人/1か所を派遣しているようですが、良い点と悪い点を教えてください。

 原則1施設1名を派遣しているのは、「総合診療科・地域医療」実習です。金沢大学からの学生は同時期に一人しかいないため、学生だけが固まって周囲に対して壁を作ることができないことから、所属するチームの医師はもちろん、他科の医師や多職種の職員と自然に交流することになり、地域医療機関が果たしている役割を肌で学んでもらえることを期待しています。なお、実習先の中には複数の大学から実習生を受け入れている医療機関がいくつかあり、そのような実習先では他大学の学生と交流する機会が生まれ、互いに刺激を受けたり、自大学を(長所・短所を含めて)客観的に観ることができる効果もあるようで、特に希望者は多くなっています。
 一方、一人であることの不安を吐露する学生が一部にいました。滞在費用はかかりませんが、往復交通費は学生負担です。

総合診療教育は、特に能登地方で必要なようなプライマリ・ケア領域は、高度先進医療が大きな目的の大学病院では難しいと考えます。どのように、石川県で教えていくことをお考えでしょうか。

 「総合診療科・地域医療」臨床実習では、医師少数区域あるいは過疎地域に指定されている能登北部や能登中部、あるいは新潟県上越医療圏を含む地域密着型医療機関に原則として1施設1名を派遣しています。この実習では、全学生が4週間にわたり、プライマリ・ケアや在宅診療、回復期・慢性期医療等を学びますが、地域滞在中に地域アセスメントのレポートを作成し、また実習中に担当した患者さんに関して実習最終日に大学に戻って行動科学・社会科学に焦点を当てた事例発表とディスカッションを行わせています。その他、学生は各医療機関で1回ずつ症例発表を行いますが、そのうち1例について、全実習機関をつないだオンライン教育カンファレンスを開催しています。
 なお、地域医療に興味がある学生には、11週連続のインターンシップが選択できるプログラム(Extended Community Elective, EXCEL)を用意しています。また、看護学専攻の保健師コースとの多職種連携授業として地域アセスメント演習を行い、「地域を診る」視点を養う試みも数年にわたり行っています。

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