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【高知大学】第20回 地域医療構想を踏まえたこれからの医学教育

今回は高知大学での取り組みについてご紹介します。

文責:高知大学医学部家庭医療学講座 阿波谷 敏英 教授 

1.高知大学医学部の役割

 昭和51年に前身の高知医科大学の開学以来、高知大学医学部は特定機能病院である医学部附属病院の運営、県内唯一の医育機関として多くの卒業生を輩出することで、県内の地域医療に大きな役割を担ってきた。
 医学部のミッションの再定義(平成25年)では、高知大学医学部のミッションとして「県内の地域医療を担う医師の養成」が掲げられている。アドミッションポリシーには養成する人物像として「地域の医療へ貢献する力」が盛り込まれ、カリキュラムポリシーには「医師の社会的使命を理解し地域医療に貢献する意欲を醸成する」と言及されている。
 過疎高齢化の進む高知県において、県民の医療への関心は高く、また行政からの期待も大きい。もちろん、地域貢献だけが医学部のミッションではないが、国際社会にも貢献しうる優れた医師・医学研究者等を養成することと、地域医療に貢献する人材を養成することは決して相容れないことではない。社会のニーズを深く理解し高い視点を持った医療人を育成するという点では同じベクトル上にあり、質の高い医学教育を展開することが高知大学医学部の重要な役割と考えている。

2. 地域医療構想と医学教育

地域医療構想は今後の人口減少・高齢化に伴う医療ニーズの変化を踏まえ、質の高い医療を効率的に提供できる体制の構築を目指して推進されている。各医療機関は構想区域におけるそれぞれの担うべき医療の役割を明確にし、目指すべき地域の医療提供体制に近づけるように地域医療構想調整会議で継続的に調整をおこなっていくこととなっている。医療資源が有限であり、社会保障費の増大するなか、医療提供体制に効率性を求めるのは必定である。鍵となるのは医療の機能分化と連携であり、医療機能別の病床数の綱引きではなく地域包括ケアシステムの構築が重要であろう。
 一方で、機能分化と医療連携の進む中で、医学生が医療提供体制の全体像を理解しづらくなっている側面もある。例えば、高度急性期を担う大学病院のクリニカル・クラークシップでは、選択バイアスのかかった患者集団であることを理解していなければ疾病の事前確率を誤認するだけでなく、頻度の高い症候へ適切に対応する能力を身につけることも困難である。また、日本全体では急性期医療は縮小し、回復期医療が拡大するはずであるが、将来、地域包括ケアシステムを担うべく医学生が亜急性期、回復期、慢性期の医療での体験に乏しいことも大きな問題である。救急外来での死亡宣告以外の死亡診断に立ち会うことがないまま卒業する医学生が多いことが好ましくないことは想像に難くない。
 結論を申し上げると、医療の機能分化と連携が進むほど、大学病院中心から地域中心の医学教育にシフトしていかなければならない。頻度の高い症候、傷病の患者さんをバイアスの少ない環境で体験できること、医療連携により複数の医療機関が病期に応じた医療を一人の患者さんに提供していることを理解できる教育環境が必要である。そのためには、地域の医療機関に学生が繰り返し赴く機会を設けること、とくにクリニカル・クラークシップでは統合的、診療参加型の実習に変革していくことが必須であると考えている。

3. 高知大学の取り組み

 前身の旧高知医科大学開学当時から、医学部附属病院だけでなく、関連教育病院である高知県立中央病院(現在の高知県・高知市病院企業団立高知医療センター)で3週間の臨床実習をおこなってきた。平成4年度からは、地域医療学実習として、へき地医療機関、保健所、福祉施設等で1週間の実習をおこなってきた。さらに、平成18年度からは、プライマリ・ケア実習(現在は総合診療部実習)として、1週間の市中のクリニック等での実習を開始し、平成20年度からは、EME初期臨床医学体験(1年生)として、半日×15回にわたるプライマリ・ケア医療機関、福祉施設、等での実習を開始した。平成21年度からは、関連教育病院である高知医療センターに限定せず、県内の臨床研修指定病院でもクリニカル・クラークシップを可能としている。さらに令和5年度からは6年生の選択制のクリニカル・クラークシップをそれまでの1週単位から3~4週の比較的長期の実習に変更した。また、正課外でも、平成19年度から中山間地において1泊2日でおこなう家庭医道場、平成21年度から地域枠学生を対象とした幡多地域医療道場を開始するなど、地域に学生が赴く機会を段階的に増やしてきている。

今後の構想と課題

 実践的な地域医療実習を充実させるために登米市民病院(寄附講座設置機関)での地域医療実習を3週まで拡大することを検討している。しかし、仙台市から学生が通うことが不可能なため実習期間中の宿泊費・生活費の捻出が問題となっている。
 本学が培ってきた広域連携地域医療支援制度(艮陵協議会)と都道府県単位の地域医療行政とにずれが生じており、医学教育の観点からは、県境を越えて学生を派遣する際に当該県の自治体からの支援を受けることが難しく、受入病院および学生自身が派遣費用を捻出せざるを得ない状況である。しかし、医師不足・偏在の観点からも地域医療構想の観点からも、北日本地域の医療機関との連携強化と臨床実習学生の派遣は引き続き重要であり、さらに、東北地方の慢性的な医師不足を改善するためには、縦割り行政を越えた東北地方七大学の密接な連携が急務である。
 東北医科薬科大学は、宮城県キャリア形成プログラムとは異なる独自の地域枠プログラムを運用しており、卒後10年の義務履行を課した地域枠学生を35名/年を輩出する。本校の宮城県枠7名を合わせ42名/年が義務履行を行うことで宮城県の医師不足と医師偏在の改善を図る予定である。そのため宮城県地域医療対策協議会が一元的に義務履行医師を配置できるよう、両校が参加して制度設計を開始したところである。

 令和4年度には、文部科学省「ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業」に和歌山医科大学、三重大学とともに「黒潮医療人養成プロジェクト」を申請し採択された。このプロジェクトでは、地域ニーズを深く理解し、将来医師としてそのニーズに応える医療人材(黒潮医療人)を養成することを目標としている。医師不足地域に地域医療人材養成拠点病院を指定し、体験実習、長期滞在型クリニカル・クラークシップなどで複数年次で実習に訪れる他、アクティブラーニングコースとして地域ニーズを深く学ぶ学習機会を提供することを計画した。高知大学では、県立あき総合病院、県立幡多けんみん病院を地域医療人材養成拠点病院と位置づけ、すでに体験実習、長期滞在型クリニカル・クラークシップを開始している。また、2年次~4年次にわたる先端医療学コースに、本プロジェクトの研究班として、地域総合診療・疫学研究班、医療DX・データヘルス研究班、感染・災害救急医療研究班の3つを設置し、令和5年度から履修学生とともに地域をフィールドとした活動を開始し学びを深めている。特に共通の地域課題である南海トラフ巨大地震などでは三大学の連携した取り組みが期待されている。

(図2)
・黒潮医療人養成プロジェクトURL: https://kuroshio-pjt.com/

4. 医師偏在対策と地域枠制度

 高知大学では、平成21年度より入学定員増をおこない、学校推薦型選抜入試Ⅱ(四国・瀬戸内枠)として20人、前期試験の地域枠(大学独自枠)として5人、県内の医療に従事することを約束した学生を選抜している。詳細は、全国国立大学医学部長会議のシリーズ1「地域医療を支える国立大学医学部の役割」に掲載されている拙稿をご参照いただきたい。URL:https://www.chnmsj.jp/old/chiikiiryou_backnumber.html
 地域枠の卒業生を輩出し始めて、9年が経過し、学生時代に高知県医師養成奨学貸付金を受給し、県内で活躍する医師は250人近くとなり、県内医師数の11%を占めるまでになった。県内の地域医療機関でも地域枠卒業医師の活躍が広がっている。これらの地域枠卒業医師には、地域のリーダーとして医療を牽引していただくことを大いに期待している。そのためにも、医師としてのキャリア形成と義務履行を両立すべく43のキャリア形成プログラムを準備しているほか、県、高知医療再生機構、高知地域医療支援センターとも協働し、医師のライフイベント、多様な働き方への細やかな対応を日々おこない、成長をサポートしている。後輩を指導する立場の地域枠卒業医師も増えてきており、新しい高知の医療文化を創造しつつある。

今後の構想と課題

 実践的な地域医療実習を充実させるために登米市民病院(寄附講座設置機関)での地域医療実習を3週まで拡大することを検討している。しかし、仙台市から学生が通うことが不可能なため実習期間中の宿泊費・生活費の捻出が問題となっている。
 本学が培ってきた広域連携地域医療支援制度(艮陵協議会)と都道府県単位の地域医療行政とにずれが生じており、医学教育の観点からは、県境を越えて学生を派遣する際に当該県の自治体からの支援を受けることが難しく、受入病院および学生自身が派遣費用を捻出せざるを得ない状況である。しかし、医師不足・偏在の観点からも地域医療構想の観点からも、北日本地域の医療機関との連携強化と臨床実習学生の派遣は引き続き重要であり、さらに、東北地方の慢性的な医師不足を改善するためには、縦割り行政を越えた東北地方七大学の密接な連携が急務である。
 東北医科薬科大学は、宮城県キャリア形成プログラムとは異なる独自の地域枠プログラムを運用しており、卒後10年の義務履行を課した地域枠学生を35名/年を輩出する。本校の宮城県枠7名を合わせ42名/年が義務履行を行うことで宮城県の医師不足と医師偏在の改善を図る予定である。そのため宮城県地域医療対策協議会が一元的に義務履行医師を配置できるよう、両校が参加して制度設計を開始したところである。

(図3)

5. さいごに

 時代の変化に伴い、望ましい医療のあり方も変化してきており、医学教育も変革が求められている。多くの県内医療機関、行政、地域住民の協力なくしては、医学教育の充実を図ることはできないと考えている。この場をお借りし心より謝意を申し上げる。今後も地域特性に応じた教育を着実に発展させ、広い視野を持ち、地域に貢献できる医療人を輩出していきたいと考えている。

質問 ※「+」をクリックすると詳細がご覧いただけます。

貴学の臨床実習は、学外のみでの診療参加型実習という理解でよろしいでしょうか。

高知大学の臨床実習は4年次3月より5年次2月まで(44週)の臨床実習Ⅰと、5年次3月より6年次7月まで(19週)の臨床実習Ⅱとなっております。臨床実習Ⅰは1~2週間単位で25診療科のローテーション、関連教育病院3週間、後者は学生の希望と調整し学外も含め3~4週間単位×5クールで実施しております。
 これら臨床実習Ⅰ、臨床実習Ⅱのすべての期間をクリニカル・クラークシップとしておりますが、学生が診療参加型で実習できているかどうかは、実習先によって温度差があるものと承知しております。今年度から臨床実習Ⅱを従来の1~2週単位から4週単位(一部3週)に変更したのも診療参加型として充実していくことを狙ったものです。その効果については、現在、検証中です。

この場合、学内と学外の同一診療科で教育内容と実習方針のマネージはどのようにしていますか?

大学病院と関連教育病院では自ずと医療の役割が異なります。同一診療科であっても、疾患の構成、患者の背景なども異なりますので、学生にはありのままを実習していただくようにしております。
 大学と関連教育病院との連携は「関連教育病院運営協議会」の場で、全般的な課題についての協議を行っており,診療領域毎の調整などは実施していません。
 今後は疾患分類や経験症例のデータ集積と分析によって、実績に基づいた実習先の調整が可能になろうかと考えています。

学内臨床科医師の指導力の維持向上はどのように図られていますか?

ご指摘のように指導医のFDは大変重要であると存じます。一方で、指導医が多忙であり、FDとしてまとまった時間をとることはなかなか困難です。十分とは言えませんが、講習会の開催、臨床研修指導医養成ワークショップ(年2回開催)などの機会を通じて指導力の維持向上を目指しております。
 教員のFDとして、必ず受講すべき基礎講習と発展講習を設定しています。基礎講習は全教員に年1回受講を義務づけ、医学科のカリキュラム全体の理解を主な目的として主にe-learningで実施しています。発展講習は、教員の教育能力の向上に寄与することを目的とし、教員は自らのエフォート率を考慮し自己研鑽のために受講することとしています。発展講習は対面での実施を原則としていますが、可能な限り録画等を行い、e-learningでも受講できるようにすることで、忙しい指導医でも受講できるよう配慮しています。

地域枠卒業医師の、卒後の指導力向上のための取組がございましたらご教示ください。

地域枠卒業医師に限定した指導力向上の取組はございません。

「家庭医道場」「幡多地域医療道場」といった課外実習の参加者(学部、学年)、規模、使われている資金などをご教示ください。

「家庭医道場」は高知県からの寄附講座である家庭医療学講座が主催しております。参加者は特に地域枠には限定してはおらず、医学科、看護学科のすべての学年を対象としております。年2回、県内の中山間地にバスで赴き、医療施設の見学、グループワーク、フィールドワークなどをおこなっています。参加者は、1回あたり30~40人程度です。実施に当たっては、自治体、医療施設、JA等の企業、住民組織等のご協力をいただいております。資金は、家庭医療学講座の活動として高知県、市長会・町村会からいただいている寄附金を使わせていただいております。
 「幡多地域医療道場」も当初は家庭医療学講座が主催しておりましたが、今は高知地域医療支援センターが主催しております。1~4年次の地域枠/奨学金受給学生のみを対象としております。参加者は、1回あたり40人程度、夏期休暇中に2泊3日で、バスで高知県西部の幡多医療圏に赴き、県立幡多けんみん病院、四万十市立市民病院等に分かれて実習します。夜は、幡多医師会の協力もいただき、地域医療シンポジウム、意見交換会の開催もおこなっております。地域医療シンポジウムは、医師会の先生方にもご参加いただくほか、県教育委員会、県内私立高校にも周知し、数名の高校生が参加することもあります。資金は、高知県からの地域医療支援センターの事業費の他、懇親にかかる部分につきましては、幡多医師会、高知大学医学部同窓会、教授会からのご寄附により賄っております。
 「家庭医道場」「幡多地域医療道場」ともに2020年度以降、コロナ禍により中止を余儀なくされています。2023年度から再開するよう準備しております。
 2022年度から文部科学省の補助事業「ポストコロナ時代における医療人材養成拠点形成事業」により、正課の「臨床体験実習(1~3年次)」で幡多けんみん病院を含む地域医療人材養成拠点病院の実習を可能となるように順次拡大するに伴い、幡多地域医療道場は2024年度で終了する予定です。
 地域枠/奨学金受給学生には1~4年次に各学年で1回以上、何らかの地域医療に関するプログラムに参加し、レポートを提出することを要件としております。上記の「家庭医道場」「幡多地域医療道場」「臨床体験実習」のいずれもそのプログラムとして認められているものです。

 「ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業」で「黒潮医療人養成プロジェクト」が採択されたとのことですが、和歌山県立医大、三重大学と医学生が交流するような事業はありますか?

本事業は2022年度から開始され、取組は緒に就いたばかりです。本事業の実効性を高めるにあたり教員や学生の交流は非常に重要なことだと考えております。各大学に設置されたコースの責任者間での検討、事業推進委員会の協議を経て取組を強化していく方針です。
 年1回、合同オンラインシンポジウムを三大学持ち回りで開催することとしております。各大学から教員、学生がオンラインで参加する他、本プロジェクトのコースを履修した学生が開催地に集まり、成果を報告する予定です。2023年3月に高知大学で開催した第1回のシンポジウムでは、和歌山県立医科大学、三重大学から数名の学生が来県し、意見交換をおこなったほか、防災施設等の見学ツアーをおこないました。
 各大学で複数年次に跨るアクティブラーニングコース(地域総合診療、医療DX、感染症・災害救急)を準備しております。各コースの責任者間で協議し、交流の機会を計画的に設けます。地域総合診療コースの学生は毎年、学会の場での交流を計画しています。第14回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会(2023年5月13、14日、名古屋市)において、ポスターツアーを企画し三大学から学生10人が参加し、交流しました。また、感染症・災害救急コースでは、2023年8月に高知県での災害現場ツアー・津波避難タワー宿泊実習、2023年10月には高知県での大規模津波災害医療対策訓練、三重大学医学部附属病院防災訓練に相互に学生を派遣し、交流する計画です。
 6年次では各大学で県内の地域医療人材養成拠点病院での長期滞在型クリニカル・クラークシップを実施いたします。三大学で相互に学生を派遣することとし、2023年度は6人の学生が自県以外の拠点病院でのクリニカル・クラークシップをおこないます。拠点病院では他大学の学生とも交流する他、共同でオンラインでのオリエンテーション、振り返りをおこなうなど派遣元・派遣先の教員も交えた交流をおこなっています。

9年間の義務年限終了後の地域枠卒業生の県内残留率をご教示ください。

まだ、現時点において卒業後9年間の義務年限が終了した地域枠医師はおりません。今年度末から順次、終了者が出る見込みです。

貴学の臨床実習は、学外でも診療参加型実習を行っておられますが、学外実習施設の指導教員による実習評価とそれに基づく学生へのフィードバックを、大学病院と連動して行うことをJACME受審時に求められたと思いますが、その点は、どの様に行っているでしょうか?

当学では臨床実習の評価は、卒業時に獲得すべき資質・能力(コンピテンシー)に沿ってルーブリック評価を行っており、同じルーブリックで学生の自己評価と指導医の評価をe-ポートフォリオ上で共有しており、学生、教員への相互フィードバックとなっています。その一方でe-ポートフォリオが大学全体のシステムであるため学外指導医がアクセスできず、学外臨床実習は紙ベースのルーブリック評価となっており、e-ポートフォリオを介したフィードバックはできていません。事務職員による代行入力について検討中です。

臨床実習の改善を継続して行って行くにあたり、学外施設の指導教員の意見も取り入れて行く必要がありますが、その点はどのようにして取り入れ反映されているでしょうか。

学外施設の指導医からは、毎年、実習に対するご意見、大学に対するご意見を収集しており、医学教育IR室で分析し、医学教育プログラム評価委員会の検討を経て、医学科カリキュラム委員会、臨床実習部会にフィードバックされます。また臨床実習部会の委員は診療科からは参加していないため、講座・診療科の教育担当者が集まる教育主任会議で情報共有し、実習の改善点策を臨床実習部会、医学科カリキュラム委員会に上げる仕組みになっています。なお臨床実習部会には、実習受け入れ施設の指導医が2名、外部委員として参加しています。

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