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【北海道大学】第16回 地域医療構想を踏まえたこれからの医学教育

今回は北海道大学での取り組みについてご紹介します。

文責:北海道大学大学院医学研究院 医学教育・国際交流推進センター村上 学 講師
        同      統括副センター長髙橋 誠 教授
北海道大学病院 副病院長  臨床研修センター長平野 聡 教授
北海道大学大学院医学研究院 医学研究院長 畠山 鎮次 教授

北海道は、総面積83,457平方キロ(国土総面積の2割強)を占める広大な面積の中に人口が分散居住し、人口のうちの4割弱が札幌市に集中している。また、札幌圏とその他の地域で人的資源が乖離するという医師の地域偏在も認められる。さらに、積雪寒冷地という気候特性(冬期には最寒月の月平均気温は0℃以下、内陸部では気温が-30℃になることもある。)も相まって、持続可能な地域医療ネットワークを築くことを難しくしている。
その特殊な地理的条件の中で、北海道大学医学部は「世界をリードする先進的医学研究を推進し、高い倫理観と豊かな人間性を有する医学研究者・医療人を育てることにより、人類の健康と福祉に貢献する。」、北海道大学病院は「良質な医療を提供すると共に、優れた医療人を育成し、先進的な医療の開発と提供を通じて社会に貢献する。」をそれぞれの理念として掲げ、北海道大学病院の大きな目標の一つとして「地域医療への貢献」を掲げ、地域医療構想を打ち出している。世界をリードする先進的医学研究を行う医師・研究者の育成という大学の使命から敢えて地域枠は設けていないものの、本学の医学部と病院が緊密に連携することで、北海道内の基幹病院を支え、北海道の地域医療の第一線に優秀な医師を輩出することで、北海道の地域住民の健康を守っている。
北海道大学医学部の卒前医学教育では、北海道内の第一線の病院で活躍できる地域医療人を育成するため、積極的に地域と触れる機会が設けられている。北海道内諸機関との連携として、北海道内の保健所や検疫所、刑務所、衛生検査所など予防医学のレベルから広く体験させる「社会医学実習」(4年次)や、北海道内各地の地域の第一線で活躍されている医師の先生方を招聘して現場の実体験が可能な授業を行っていただく「地域医療学」(4年次)、医学生全員がオンラインで参加して地域の診療所や訪問診療の現場を実体験できる「地域医療学実習」(5年次)などが挙げられる。さらに、本学の特色として、北海道内三大学(本学と、旭川医科大学、札幌医科大学)で共通の評価表を用いて北海道内の各医療機関と連携して展開される「診療参加型コア科臨床実習」(5年次)が挙げられる。北海道内に約60弱存在する基幹病院と協定を締結し、卒前の段階から北海道の地域医療を担うことの責任感と重要性について体感できる充実した教育プログラムを医学生に提供している。また、実習の記録ツールとして全国に先駆けて卒前学生医用オンライン臨床教育評価システム(CC-EPOC)を取り入れる、実習に関する共有情報を道内3大学医学教育担当者会議で共有するなど、医学教育・国際交流推進センターが中心となって卒前医学教育をリードしている。
北海道大学病院における卒後教育は、臨床研修センターが中心となり特色のある医師臨床研修プログラムを提供している。標準プログラムは「エルムコース」と「たすきコース」の2コースを整えている。前者は2年間、北大病院をベースに研修し、プライマリ・ケア研修のための院外研修を最大52週組み込めるコースである。後者は1年目で北海道内全域に存在する約40の協力施設から一つを選択してプライマリ・ケアを中心に研修を行い、2年目には北大病院で高度な最先端医療を含めた研修を行うコースである。いずれのコースもcommon diseaseに対する救急・一般診療と難治性疾患に対する診療とをバランス良く経験できる体制となっている。当院プログラムでは、いくつかの特徴的なコース運用で一般の臨床研修病院との差別化を図っている。その一つとして、鹿児島大学病院との包括的事業により、鹿児島県内の本土・離島で地域医療研修を行うことができる全国的にも希な広域プログラムを2016年から実施している。また、世界をリードするPhysician Scientistを目指す研修医のために、外国人講師による定期的レクチャーなどで英語による診療能力を高めていく「国際的医療人育成プログラム」や、研究志向が強い研修医には、CLARC(Clinic and research Combination)プログラムと称して研修2年目に大学院に入学するコースなど、様々な研修医のニーズに対応したプログラムも存在する。医師臨床研修指導ガイドラインで求められている臨床病理検討会(CPC)においては、研修医が指導医のもと綿密に準備してプレゼンテーションや進行などを担当する「教育型CPC」を実施し、研修医の主体性を重視したシステムを構築している。加えて、大学病院ならではの超音波センター研修、臨床遺伝子診療部研修、臨床研究開発センター研修など、最新かつ専門性の高い医療に触れる機会を数多く設けているのも特徴といえる。

図:全道各地のセンター病院を中心とした多彩な協力施設群

以上、本学の地域医療の人材育成に関する概要と特色を述べたが、改善すべき問題点も山積している。例えば、臨床研修制度による医師の大学離れと地域医療崩壊、基礎系に進み将来の基礎医学の発展を担う医師研究者を目指す人材の減少などが挙げられ、これらは、決して本学だけの問題には留まらず、北海道の地域医療機関、ひいては北海道全体の医療レベルにも影響を及ぼす。北海道内全域の地域基幹病院と緊密に連携し、優秀な医師を世に輩出し、広大な医療圏を有する北海道全域の地域医療レベルの維持・向上を担う役割を果たす責任が、今まさに本学に求められている。

質問 ※「+」をクリックすると詳細がご覧いただけます。

4年次の地域医療学は地域の第一線で活躍する先生方を招聘して、学内で講義形式の授業を行う、という理解でいいでしょうか?

その通りです。今の科目責任者の前から続いている特色ある試みです。広大な北海道の地で、一生懸命、現場で活躍する先生に教育者としての活躍の場を設けたいという意図があって始まったものです。コロナ禍では、講義をオンラインで行っていただきましたが、コロナ禍明けからは、コロナ禍以前と同様に、各講師に大学に来ていただいて授業を行う予定です。各講師も、医学生への授業について、大変、楽しみにしていらっしゃいます。

5年次の地域診療機関での参加型実習の、全体の期間、各クールの期間をご教示ください。

5年次コア科実習は、9月から始まって翌年の3月まで、1クール4週間×6クール=計24週間で行われます。各クールで、学内内科、学外内科(総合診療科含む)、外科、小児科、産婦人科、精神科の計6科を回ることになります

オンラインで参加する「地域医療学実習」ですが、地域の診療所や訪問診療の現場をカメラ中継するような形でしょうか?

その通りです。これは今の科目責任者になってからの新たな試みで、コロナ禍ということもあって、現地に医学生100人を派遣するのは難しい状況の中、何とか地域医療の現場を見せる実習ができないかという意図から、地域の診療所や訪問診療の現場をカメラ中継するようになったものです。例えば、訪問診療では、担当医が実際に訪問している患者さんからのメッセージが、生の声として、現場より医学生に中継されることになります。

道内三大学が共通の評価表を用いておられるとのことですが、三大学の学生が地域の医療機関で同時に実習し、交流しているという理解でよろしいでしょうか。

各実習施設に派遣される期間が道内三大学で重なっていないことから、同時に三大学の学生が同一施設に出入りして交流を行う機会は残念ながらございません。しかしながら、道内3大学医学教育担当者会議で、各施設への派遣や実習状況等の情報が各大学の医学教育担当者に共有されております。

共通の評価票を用いることで得られたメリットについてご教示ください(例えば、各大学の教育の過不足を見出すことができた、など)。

一番の大きなメリットは、基準が揃って、各施設の指導医がどの医学校の医学生に対しても共通の指導が行いやすくなることです。以前、各施設から評価表が異なると指導しにくいため評価基準を揃えてほしいということでこれが実現しました。大学毎の教育の過不足を見出すことができるというのも大きなメリットです。例えば、本学では、夏に各病院の指導医・事務担当者に向けた実習説明会を開催しているのですが、本学の学生はこういう部分が苦手な傾向があるので、指導の際にご参考になさって下さいと、客観的なグラフの形でわかりやすく提示され、フィードバックされています。

臨床研修の「たすきコース」では、一年目にプライマリケアを学ぶために学外病院での研修を専攻されるとのことですが、このコースを選択する医師の進路(専攻)を可能な範囲でご教示ください(例、3年目以降は専門系の専攻が多い、など)。

具体的に「たすきコース」と「エルムコース」の進路の比較は行っておりませんが、研修医の多くは「たすきコース」を選択して市中病院で多くの診療科の研修を経験した後、2年目の大学研修で最終的に専攻を決定している様子です。ただ、研修医(入局予定者)に対し「たすきコース」を推奨し、2年目の自由選択で当該科を長期に選択することで専門研修の一部を開始することが望ましいとしている診療科として皮膚科、精神科があります。

鹿児島大学病院と連携する広域プログラムはとても興味深いです。これまでの実績についてご教示ください。

2016年から開始され、両大学で毎年それぞれ2~5名(希望者が毎年不定)の研修医が遠隔地での地域研修を行っております。コロナ禍で2年ほど中断しましたが、2022年度から再開されています。研修医はあらかじめ指定されたいくつかの研修対象施設の中から自由に2箇所を選択し、2ヶ月の地域研修にあてます。本プログラムの研修医評価はきわめて良好であり、鹿児島では種子島の施設、北海道では利尻島の施設の人気が高いようです。

 「国際的医療人育成プログラム」や「CLARCプログラム」の選択者についてもご教示いただけますでしょうか?

「国際的医療人育成プログラム」は例年1~5名と比較的少人数であり、英語のレッスンなどは全員参加で小クラス形式で実施しています。「CLARCプログラム」は診療科が限定されがちであり、これまで病理診断科専攻者の数名にとどまります。

CLARCプログラムは、マッチング協議会が設定する「臨床研究医コース」との差別化はどの様に為されるのでしょうか?

ご質問は、「臨床研究医コース」ではなく、極めてよく似た形式である「基礎研究医プログラム」との相違についてのものと判断いたします。「基礎研究医プログラム」と「CLARCプログラム」は前者が研修2年目の後半6ヶ月を臨床研修から離れて基礎教室での研究にのみ充てるのに対し、後者(CLARCプログラム)は研修2年目から大学院に入学することが条件であり、その後の1年間は日中に通常の臨床研修を行い、17時以降を大学院研究に充てるという立て付けになっています。やはり、「CLARCプログラム」では時間の使い方が難しいことから、大学院研究と臨床研修がほぼ並行して行うことができる病理診断科専攻を決めている研修医にしぼられてしまう状況となっている事実があります。また、最近の働き方改革の動きには合致しない面があり、プログラムの見直しが必要と考えています。

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