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【千葉大学】第14回 地域医療構想を踏まえたこれからの医学教育

今回は千葉大学での取り組みについてご紹介します。

文責:千葉大学大学院医学研究院 医学教育学 伊藤 彰一 教授

千葉大学医学部の歴史は、1874年(明治7年)に千葉市に共立病院が設置されたことに始まる。以後、千葉県の医療を支える人材を多数育成してきた。1887年(明治20年)に第一高等中学校医学部、1923年(大正12年)に千葉医科大学、そして1949年(昭和24年)に千葉大学医学部となり、現在に至っている。
千葉大学医学部は、使命(ミッション)の一つとして「次世代を担う有能な医療人・研究者の育成」を掲げている。千葉大学医学部附属病院は、基本方針として「社会・地域医療への貢献」や「人間性豊かな優れた医療人の育成」などを掲げている。千葉大学はこれらの使命・方針にしたがって千葉県における地域医療を推進している。以下に最近の主な取り組みを紹介する。

(1)千葉大学大学院医学研究院 千葉県寄附講座 地域医療教育学講座

千葉県は医師少数県[医師偏在指標(平成31年3月現在):全国37位]であり、さらに県内の地域差も大きく[医師偏在指標(令和2年4月現在):安房285.1、千葉264.0、山武長生夷隅120.4]、偏在対策を含めた医師確保が喫緊の課題となっている。そのため、千葉県と千葉大学の連携による医師の育成・派遣体制の強化による医師確保が必要であり、2022年(令和4年)4月、千葉大学大学院医学研究院に「千葉県寄附講座 地域医療教育学講座」を設置した。同講座の主な活動方針を以下に示す。

  • 地域医療に関心を持つ医学生(地域枠学生等)への支援
    • 地域医療学において、地域で診療する能力につながる多彩な講義や実習を行う。 
    •  総合的な診療能力を獲得するための臨床実習体制やカリキュラムの構築を図る。 
    •  地域病院との連携を強化し、医学生(地域枠学生等)に地域医療に係る面談指導や医療機関の情報提供を行う。 
    •  医学生(地域枠学生等)同士の連携を強化し、長期的に地域で診療や指導を行う基盤となるネットワークを構築する。 
  • 現場における地域医療の実践と指導   
    • 地域病院と関係を構築し、医学生(地域枠学生等)の地域で診療する能力を涵養する。また、地域病院において、医学生や研修医を指導できる人材(地域病院アテンディング)の育成を行う。 
    • 医師(地域枠医師等)に対して、更なる地域医療の実践を促すとともに、「地域医療研修」・「一般外来研修」・「在宅医療研修」といった臨床研修指導や地域での診療方法等の指導を行う。 
  • 県内における地域医療教育ネットワークの構築・強化
    • 地域における様々な医療課題を地域の病院や大学で解決していくため、大学と大学、大学と病院、病院と病院それぞれが連携して診療や人材育成を行うネットワークを構築し、強化する。 
  • 地域医療に従事する医師の診療能力や指導能力の向上に関する教育の実施   
    • 地域病院アテンディングに対して、自身の診療能力や指導能力向上のための教育(Health Professions Development: HPD)を行うとともに、自らが勤務する病院の医師等に対する指導についての教育を行う。
図1 千葉大学大学院医学研究院 千葉県寄附講座 地域医療教育学講座

2022年(令和4年)10月現在、大学病院で活動する教員3名(特任教授、特任准教授、特任助教1名ずつ)および地域病院アテンディング5名(特任助教5名)が地域医療教育学講座に所属しており、大学院医学研究院の医学教育学講座や医学部附属病院の総合医療教育研修センターと連携して活動を行っている。地域病院アテンディングは千葉県において医師不足が目立つ山武長生夷隅医療圏から配置されている。具体的には、医療法人SHIODA塩田病院、山武市国保さんぶの森診療所、地方独立行政法人さんむ医療センター、いすみ医療センター、公立長生病院から1名ずつ配置されている。今後、千葉県内の他の医療圏からも配置を行う予定である。
https://www.m.chiba-u.jp/class/mededu/come/index.html

(2)地域医療への高い情熱と好奇心を涵養して総合力・適応力・教育力を醸成する地域志向型医療人材養成プログラム(ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業)

2022年(令和4年)度の研究拠点形成費等補助金(ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業)に千葉大学と東邦大学の「地域医療への高い情熱と好奇心を涵養して総合力・適応力・教育力を醸成する地域志向型医療人材養成プログラム」が採択された。同プログラムは、医師少数県である千葉県において、学生や医療者の地域医療に対する高い情熱と好奇心を涵養し、地域における医療ニーズの変化や予測困難な課題発生に対応できる総合力・適応力・教育力を有する地域志向型リーダーの育成を目的としている。
具体的には、千葉大学において、地域医療学、早期地域医療体験、地域IPE、ジェネラリスト入門(総合診療、救急・災害医療、感染症等)、統合的クリニカル・クラークシップ、地域クリニカル・クラークシップ等からなる「6年一貫地域医療学修プログラム」を展開する。また、東邦大学において、「地域医療への高い情熱と好奇心を涵養する地域志向型人材養成プログラム」を展開する。これらのプログラムでは、大学と大学、大学と地域、地域と地域をオンラインで繋ぐ双方向性学修やオンデマンド学修を活用する。以下に本プログラムの特徴を示す。

  • 6年一貫地域医療学修で地域医療への高い情熱と好奇心を涵養する。
  • 総合力、適応力、教育力を醸成し、地域医療を実践できる能力を獲得する。
    • 総合力:地域医療の現場で総合的に患者・生活者をみることができる。
    • 適応力:医療や社会の状況に応じて、自らの能力を最適化し発揮できる。
    • 教育力:地域医療人材を育成し、地域の課題を踏まえた教育研究を実践できる。
  • 豊富な教材ラインナップをさらに充実させオンデマンド学修を推進する。
  • 空間をリアルに再現して地域医療の現場を学ぶ。
  • 地域で働く”地域病院アテンディング”とともに地域医療を学びキャリアを育む。
  • 多職種連携能力とリーダーシップを高める。

これらのプログラムによって養成された地域志向型リーダーは、自らの総合力・適応力・教育力を発揮することにより地域医療での診療・教育・研究を活性化させ、持続可能性のある人材循環システムを構築し、医師偏在・地域偏在の解決に貢献していく。

図2 地域医療への高い情熱と好奇心を涵養して総合力・適応力・教育力を醸成する地域志向型医療人材養成プログラム(ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業)

質問 ※「+」をクリックすると詳細がご覧いただけます。

地域医療教育学講座の【地域で診療する能力につながる講義や実習】について、具体例をご提示いただけますでしょうか。

・ 医学部早期(1年次)の段階から総合診療医や地域病院で活躍する医師によるケーススタディを基盤とした授業を行っています。高度な医学的知識、疾患に偏らず、プライマリケア、患者の社会的背景、地域包括ケアシステム、医療資源の活用など地域医療の実践を重視した題材で学年に応じたレベルの課題を作成し、スモールグループディスカッションで学生自らの課題解決策の検討、提案を引き出すようにしています。
・ 医学部1、2年次の地域病院実習では、学生が地域病院アテンディングの在籍する病院に出向き、外来、病棟、訪問診療の現場に同席、患者・地域住民とのコミュニケーション、多職種とのコミュニケーション、バイタルサイン測定やPPE装着など初歩的な臨床技能を体験します。地域病院アテンディングは事前に授業で自身の医療現場やキャリアをプレゼンテーションし、事前課題の提示や実習打ち合わせを直接行っています。学生が地域病院で活躍する医師を身近な存在と捉え、ロールモデルから学び自身のキャリア形成に活かすことを可能とします。

地域医療教育学講座でマネージされている臨床実習は、医学教育学講座が統括される診療参加型実習の一部でしょうか、あるいは希望者が夏季休暇等に参加する実習でしょうか。

医学教育学講座が統括する診療参加型臨床実習の一部です。必修期間および選択期間のどちらでも実習が可能です。

6年一貫の地域医療学修の年次進行について具体的にお示しいただけますか。

6年一貫の地域医療学修ですが、以下の学年での履修を計画しております。
 1.地域医療学:1?4年次
  1?2年次:地域医療学講義を行う。
  3年次:地域志向型PBLを行う。
  4年次:地域志向型PBL、地域志向型シミュレーション教育を行う。
早期地域医療体験:1?4年次
  1?2年次:早期地域体験実習を行う。
  3年次:医師見習い体験を行う。
  1?4年次:サービス・ラーニングを行う。
 3. 地域IPE:1?6年次
  1年次:地域IPE Step1「共生」を行う。
  2年次:地域IPE Step2「創造」を行う。
  3年次:地域IPE Step3「解決」を行う。
  4年次:地域IPE Step4「統合」を行う。
  5?6年次:地域IPE(クリニカルIPE)を行う。
 4.ジェネラリスト入門:1?4年
  1?2年次:ジェネラリスト入門講義を行う。
  3年次:ジェネラリスト入門講義、ジェネラリスト育成PBLを行う。
  4年次:ジェネラリスト入門講義、ジェネラリスト育成PBL、ジェネラリスト育成シミュレーション教育を行う。
 5.統合的クリニカル・クラークシップ:4?6年次
  4?5年次:臨床実習Ⅰ(コア・クリニカル・クラークシップ)を行う。
  5?6年次:臨床実習Ⅱ(アドバンスト・クリニカル・クラークシップ)を行う。
  4?6年次:統合型遠隔カンファレンスを行う。
 6.地域クリニカル・クラークシップ:5?6年次
  5?6年次:地域医療実習、アスパイアプロジェクトを行う。
 低学年から臨床実習前教育として、地域医療学、早期地域体験、ジェネラリスト入門を展開し、統合型および地域クリニカル・クラークシップでは、臨床現場でこれまで培った能力を実践的な能力へ昇華させるプログラムとしています。

医学生同士の連携強化による診療・指導基盤の構築、多職種連携能力とリーダーシップを高める取り組みとは、具体的にはどのようなものでしょうか。

千葉大学では、多職種連携能力とリーダーシップを高める取組として、多年次積み上げ式のIPEプログラム(亥鼻IPE)を行なっています。さらにそのプログラムを発展させ、クリニカルIPEへと継続的に専門職連携教育を涵養し、地域医療の場で活躍できる能力を獲得するプログラムを実装する予定です。また、実際の医療現場体験を通じた学習、医薬看等の複数の学部混成メンバーによるグループワーク、さらにはリフレクションとポートフォリオによる振り返りによる学習を行うことで上記能力の開発を行います。

地域病院アテンディングの先生方に対する教育(FD)はどういった内容に焦点をあてていますか。

・ 地域医療現場に則したアウトカム基盤型医学教育,指導方略,学修者評価等の理論、考え方を共有化し、地域病院に おけるアテンディング自身の医学部生実習、研修医教育を題材としたプログラム開発、指導方法のスキルアップに焦点を当てています。FD実施内容例を以下に示します。
 -1 地域病院指導医に必要な資質・能力
 -2 地域枠学生の授業、実習に関するプログラムデザイン、目標設定
 -3 学修者評価:総括評価・形成的評価・信頼性妥 当性・観察評価ツール
 -4 学修?実習方略:WBL(Workplace Based Learning)?フィードバックの実践
 -5 マイクロティーチング(模擬授業・模擬実習)の理論と実践
 -6 ICTを活用した授業・実習
 -7 授業評価
 -8 メンタリング・メンターの役割、キャリアサポート
 -9 教育プログラム評価とIR(カリキュラム/プログラム評価)
 -10 医学教育の最近の潮流

千葉大学における地域枠の定員をお示しください。

恒常的な定員が5名で、2022年度現在、国及び千葉県の医師確保対策の計画等によって、20名まで増員されています。

2ページ目の「県内における地域医療教育ネットワークの構築・強化」について大学病院と地域の病院、地域の病院同士、総論は賛成だと思いますが、それぞれの利害関係が複雑だと思います。
皆がウインウインになるようにどのような工夫をしておられるのか教えていただきたいです。

・ 地域医療教育の重要性は、近年国内外からの報告により、多様なプログラムとキャリア選択への有効性が示されています。医学部カリキュラムにおける地域の授業、実習では、地域病院指導医の指導力が多大な影響を及ぼすことになります。しかし、地域病院で活躍する医師のキャリア形成の中で医療現場に即した指導方法を学ぶ機会は少なく、教育実践に苦心している現状があります。
・ 大学の医学教育部門(医学教育学講座および千葉県寄附講座地域医療教育学講座)が、地域医療を教育の場とした医学部授業・実習、臨床研修のカリキュラムを作成、地域病院指導医(地域病院アテンディング)を対象にFDを介した各病院でのプログラム開発、指導方法のスキルアップなどの指導医育成を担当します。
・ 地域病院アテンディングは大学の医学教育部門と連携し、定期的なFDに参加することにより、学修者(医学部生、研修医など)のニーズ、学修アウトカムを明確に認識します。その上で、自身の地域医療現場の特性を活かした実習・研修プログラム作成、指導方法を、診療を大きく妨げることなく、効率的に修得することが可能となっています。大学や地域病院同士でコミュニティが形成され、臨床指導に関する相談や改善がしやすくなっており、地域病院アテンディング自身の指導の質の向上を可能とします。
・ 地域病院アテンディングの活動により、他の指導医、多職種へ影響が及び、地域病院全体の臨床教育文化、教育の質が変化してきています。(地域病院アテンディング、地域教育病院は県の協力により年次的に増やす計画です。)学生、研修医、専攻医が地域で学修する機会、質ともに高い教育、研修を受けることが可能となれば、興味がより一層地域に向くことになります。将来的な地域での研修、医療実践、定着が見込まれ、地域の医師偏在解消に貢献、医療の質が向上する可能性が高まります。これらのアウトカムは短期的、長期的なモニタリングが必要であり、県、大学、地域病院が共同し検証を開始しています。

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