*第36回*  (R6.10.9 UP) 前回までの掲載はこちらから
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今回は熊本大学での取り組みについてご紹介します。

地域医療構想を踏まえたこれからの医学教育
文責 :

熊本大学医学部連携教育センター/総合医学教育学講座
熊本大学医学部

吉田 素文 教授
尾池 雄一 医学部長

はじめに

 本シリーズ初回のテーマは、「地域医療を支える国立大学医学部の役割」と題され、熊本大学から地域医療システム学寄付講座の黒田豊特任教授および竹屋元裕医学部長による「熊本大学医学部における地域医療人育成への取り組み」が2014年3月に公表された(https://www.chnmsj.jp/chiikiiryou_torikumi24.html)。2009年度から始まった熊本県の医師修学資金貸与制度および翌2010年度から始まった地域枠推薦入試について紹介し、2009~2013年度の制度利用者数、およびを導入したこと、地域医療教育に連続性が欠けることを問題点として挙げ、新カリキュラムでは地域医療教育に係る早期体験実習や高学年で必須の臨床実習を行うことを予定とした。
 2回目のテーマは、「卒前卒後の医学教育における国立大学医学部と地域医療機関との連携」と題され、地域医療・総合診療実践学寄附講座/地域医療支援センターの松井邦彦教授および富澤一仁医学部長による熊本大学の取り組みが2021年3月に公表された(https://www.chnmsj.jp/chiikiiryou_torikumi_new36.html)。初回から7年間における、熊本県の熊本市外の二次医療圏に位置し、その地域の中核となる公的病院を念頭に置き、寄付講座の位置付け、役割、卒前教育、卒後教育、変化する社会の中での、大学と地域の施設の連携、地域医療機関の役割、教育拠点の設置、コロナ禍における地域医療実習について、振り返った。従来、医学部と地域医療機関の連携は殆どなかったものの、1回目に述べられているとおり、卒前教育を中心に大きく変わりつつあること、医学教育モデル・コア・カリキュラム等、医師育成や医学教育に導入された新たな制度には、少子高齢化が急速に進行する社会の変化が大きく影響していると述べた。また、県による寄付講座は、地域医療教育のための新たな取り組みを進め、卒前卒後の一貫した地域医療教育を試みており、地域の医療機関の連携のみならず、行政や医師会とも協力し、将来、熊本の地域医療に貢献する人材の育成を行っていると述べた。
 さて、3回目のテーマは標題のとおりである。前2回の内容を基に、これからの高等教育、医学教育に影響する社会の変化、および熊本県と熊本大学が直面しなければならない、現状と将来について、最新のデータを基に述べる。

18歳人口の急減と都道府県別減少率および医学部受験者・入学者・卒業者の特異性

 文部科学省による「高等教育の在り方に関する特別部会」(2023年11月~2024年6月)の資料によると、人口統計および人口推計に基づく、1980年から2070年までの18歳人口について下図を公表している(https://www.mext.go.jp/content/20240628-koutou02-000036781_5.pdf)。直近、2023年度の18歳人口の凹みは、1985年の丙午に相当し、当時は、その後1992年をピークとする第2次ベビーブームの後、崖を転がり落ちるように急速に減少し、あと10年でピーク時の半分となり、その後漸減していくことがわかる。

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 一方、大学の入学者募集を支援する業者による推計(https://www.pcpe.jp/blog/20240325-223/)によると、2021年度との比較で2034年度には全国の18歳人口が13.5%減少し、東北が顕著で、近畿圏も楽観できないが、関東と九州・沖縄の減少率は比較的目立たないことが述べられている。
 都道府県別の18歳人口予測値では、九州・沖縄の各県の18歳人口減少率は7.3%と、全国値に比してさほど高くなく、その中でも熊本県の減少率は8.6%と、福岡県の2.8%に次いで少ない。しかし、この九州・沖縄の減少率は、全国の中でも唯一増加する沖縄県の存在が大きいと考えられるのではないだろうか。
 さらに、国立大学医学部長会議関係者は身に染みてご存知と推察するが、医学部医学科の受験者は全国82の医学部医学科をターゲットとしているため、決して都道府県別の18歳人口に依拠するものではない。出身県に戻る意志のある医学部医学科入学者は、医師偏在化対策のために設けられた、出身県の医師修学資金貸与制度を利用する者もいるが、出身県に戻る意志のない入学者は、その後の臨床研修の全国マッチング制度により、医師としての従事地域が定まる傾向もあると考えられる。

18歳人口の減少に伴う医学部入学定員に関する国の検討における熊本県の位置付け

 厚生労働省は、2024年1月から、「医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会」を開催しており、今年7月3日に開催された第5回の資料(https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/001214420.pdf)によると、下図のとおり、医師の需給はあと5年から8年で均衡すると述べ、今後、医学部入学定員を削減することを提言し、一方では、医師の偏在対策については継続が必要と述べている。

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 同資料から、国の医師の偏在対策の基となる、以下の「人口10 万対 40 歳未満医師数と医師偏在指標」をご覧いただきたい。熊本県は、横軸の医師偏在指標により医師多数都府県に分類されているが、この医師多数都府県の中で、縦軸の人口10 万対 40 歳未満医師数は最も低いことがわかる。寧ろ、緑の水平な線の全国平均を下回っており、医師多数都府県以外の道府県と同等の状況である。

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 以下、この状況を、2022年医師統計のデータを基に検討する(https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450026)。

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 2022年の熊本県の医師数は5,428人であり、人口10万対医師数は、全国平均274.7人に対して315.9人と比較的多い方である。しかし、その医師群の平均年齢は、全国平均50.8歳に対して53.5歳であり、全国4位の高齢な医師群により支えられている。これらの医師数を、医師数5,000~6,000人の県と比較し、大学医学部のある市と市外の状況を年齢階層別に検討した。

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 まず、熊本県と、その隣県である鹿児島県とは極めてよく似た構造であり、共に40歳未満の医師数は各年齢階層で200~500人で、40歳以上70歳未満の各年齢階層の医師数よりも少なく、かつ、医師は大学医学部のある市(県庁所在地)に偏在している。従って、市外の医療は比較的高齢の医師で支えられているのが特徴である。次に、医師偏在化指標では医師少数県に分類される、新潟県、長野県、そして群馬県では、いずれも、市外の医師数の方が多く、県全体に医師がいることがわかる。しかも、長野県と新潟県は、25-29歳の医師の割合が400人以上であり、熊本県、鹿児島県に比べるとかなり多い。

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 最後に、岡山市と倉敷市に1つずつ大学医学部があり、医師多数県に分類される岡山県、仙台市に2つの大学医学部があり、医師多数県にも少数県にも分類されない宮城県と栃木県の3県、および医師少数県に分類される茨城県を示す。岡山県の医師の大半は、岡山市と倉敷市に偏在しているが、40歳未満の医師数が各年齢階層で500~700超と極めて多いのが特徴である。宮城県も仙台市に偏在するが、40歳未満の医師数は各年齢階層で500~600台と熊本県、鹿児島県に比べて多い。栃木県と茨城県は、県庁所在地に大学医学部がないという特殊な事情があるが、40歳未満の医師数は各年齢階層で500~700人と多いのが特徴である。

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まとめ

 以上、熊本県と熊本大学医学部が置かれた状況は、隣県の鹿児島県、鹿児島大学とともに、ほぼ同じ医師数である他の県と比較して、今後の18歳人口減少社会においては極めて厳しい状況であると言えるだろう。県とともに、これらの状況を踏まえた早急な対策を検討する必要があると考える。