はじめに
九州大学医学部が立地する福岡市は、1920年の第1回国勢調査以来人口が一貫して増加し続けて2020年には約160万人に達した、いわゆる都市部である。このような環境や、本学が地域枠を持たないことも影響するのか、地域医療実習初日の学生に「地域医療に対するイメージは?」と問うと、「離島や僻地で行われる医療なので、自分たちからは遠いもの。」と答える者も散見される。
しかし、福岡市も本邦の他の多くの自治体と同様、高齢化率は増加の一途をたどっており、2020年には22.1%に達した。日本全国が急速に高齢化している現状では、その負担が大きいのはむしろ人口の集中している都市部である可能性があり、令和4年度改訂版医学教育モデル・コア・カリキュラムで新たに追加された基本的な資質・能力の「総合的に患者・生活者をみる姿勢」や、その地域の実情を理解してそれに応じたプライマリ・ケアを行える地域診断の能力、地域包括ケアシステムに対する理解などは、地方か都市かに限らず日本全国の臨床医に必須のものとして益々その重要度を増していくと考えられる。
九州大学大学院医学研究院地域医療教育ユニットは2012年に設立され、「地域医療は都市部にもある!」を学生にメッセージとして伝えながら、学外実習のマネジメント業務を行っている。今回は本学での地域医療教育の取り組みを、特に実習を中心に紹介する。
1.臨床配属Ⅰ(早期体験実習)
本学の1年次の期間はほぼ全てが基幹教育(一般教養)に割かれる。その後も伝統的な医学教育と同様、基礎医学から臨床医学へと進むため、実習として臨床現場に出るのは4年次の第4四半期(1月から)となっている。このようなカリキュラムの中では、医師になる志高く入学してきても、長い座学の期間にそのモチベーションが低下してしまうリスクが考えられる。それを防止しつつ、さらに医師として医療・福祉のリーダーになるには自分には何が足りないのかを実感し医を学ぶ動機を得ることを目的として、学外の医療施設に丸一日派遣される早期体験実習を、2年次の第2四半期(7月から9月)に行っている(図1)。この実習では、身体的、社会的弱者の立場と心情を理解することも目的としており、実習先には地域病院や高齢者施設の他、重度心身障害児施設やホスピス等も含まれている。
図1 九大カリキュラムマッフ゜
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2.臨床実習Ⅱ 必修・地域医療実習
従来から、本学の必修の地域医療実習では、(1)期間中に必ず診療所と地域病院の両方を臨床現場を体験する、(2)学生の積極的な実習参加を促すため、グループではなく必ず一人ずつ各実習先に配属する、を原則としてプログラムを作成してきた。2018年と2019年の学生に対して、かかりつけ医、訪問診療、訪問看護や、介護施設、リハビリテーション、緩和ケアなどの地域医療に関連する知識や能力についての自己評価を、実習前後でアンケート調査したところ、質問した全ての項目で実習後に大幅な上昇がみられており、本学の実習プログラムが一定の効果を持つことが示唆された(図2)。同期間中には13の診療所と13の地域病院に協力いただいたが、12の診療所と6つの地域病院が市内、それ以外も福岡市近郊に位置し、全て都市部の医療機関である。地域医療実習の学生に対する効果については、離島や僻地の現場における報告がこれまでは多かったが、本学のような都市部の実習でも、学生の知識や能力を十分に伸ばすことができると考えられた(引用文献)。
また本学では、医学教育分野別評価基準における「重要な診療科」での実習時間を確保することを目的の一つとして、2023年より新カリキュラムへ移行した。これにより、全体の実習期間は約1年4ヶ月から1年7ヶ月となり、必修の地域医療実習も1週間から2週間へ拡大され、診療所と地域病院を1週間ずつローテートするプログラムとなった。地域医療指向を持った学生が、本学でもさらに増加していくことを期待したい。
図2 学生自己評価の地域医療実習前後て゛の変化
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3.臨床実習Ⅱ 選択・地域医療実習
本学クリニカルクラークシップでは、5つの希望選択科を4週間ずつローテートするが、地域医療を選択することもできる。本実習に協力いただいているのは大牟田市、八女市、糟屋郡、宮若市、飯塚市など、前述の必修・地域医療実習の協力施設と比べると遠隔地にある病院で、学生たちは自宅からの通いではなく、病院内の宿泊施設や近隣のウィークリーマンションなどに泊まり込んでの実習となる。約1ヶ月間その地域にどっぷりと浸かっての実習は、医療チームの一員として溶け込むためのコミュニケーション能力や、その地域の実情に合わせたプライマリ・ケアを行うための地域診断の能力を特に育てると考えている。地域医療の希望者は増加してきており、2024年は学年の約10%にあたる10名が実習を行った。
今後の課題
上記のような必修期間の拡大および選択希望者の増加に対応するため、協力施設数の確保が大きな課題である。医学教育モデル・コア・カリキュラムにある基本的な資質・能力「総合的に患者・生活者をみる姿勢」にあるような、患者の問題を臓器横断的に、心理社会的背景も踏まえて、専門領域にとどまらずに診療できる能力を持ち、かつ教育のマインドも持った地域の先生方に今後も多く御協力いただけるように、当ユニットは協力施設と連絡を密に取りながら、地域医療教育の重要性を今後も訴えていきたい。
(引用文献)Hiramine S, et al. The Impact of an Undergraduate Community‐Based
Medical Education Program in a Japanese Urban City. Cureus 16(2): e54204.
doi:10.7759/cureus.54204
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