*第33回*  (R6.8.1 UP) 前回までの掲載はこちらから
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今回は富山大学での取り組みについてご紹介します。

臨床医学と社会医学を駆使して地域を守る医療人の養成
-富山大学における地域医療構想を踏まえた医学教育-
文責 :

富山大学医学部長

関根 道和 教授

地域医療構想を踏まえたポストコロナ時代の医療人材養成

 地域医療構想とは、少子超高齢社会で必要となる医療機能(「高度急性期」「急性期」「回復期」「慢性期」)別の必要病床数を推計し、効率的な医療提供体制を関係者と協議して構築する取り組みである。具体的には、地域の医療供給体制を急性期中心から回復期中心に再整備することである。
 また、少子超高齢社会では生産年齢人口が減少することから、より少ない医療従事者でより効率的に医療を提供する必要がある。したがって医療供給体制を単に急性期中心から回復期中心に再整備するだけではなく、総合的な診療能力を持つ医師を増加させる必要性がある。
 さらに、新型コロナウイルス感染症における社会の混乱からの教訓としては、非常時でも安定した医療供給体制を構築することの重要性であり、救急災害医学や公衆衛生学などの社会医学的能力の高い医師を増加させる必要性がある。
 本稿では、こうした医療における社会環境の劇的な変化を踏まえた医学教育として、現在、富山大学と新潟大学が連携して行っている文部科学省補助金事業「ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業」について紹介したい。

臨床医学と社会医学を駆使して地域を守る医療人の養成

 富山大学と新潟大学は、「地域と世界で活躍できる医療人を養成する」という同じミッションを持って地域医療人材を養成してきた歴史がある。そこで、本事業では、富山県から新潟県にまたがる広域ネットワークを形成して、両大学の持つ地域医療人材養成の教育ノウハウを共有して、臨床医学(とくに総合診療学や感染症学)と社会医学(とくに疫学、公衆衛生学、救急医学、災害医学)を駆使して地域を守る総合的な能力を持った医師を連携・協働により養成している(図)。両大学が相補的な教育システムを構築することで相乗効果が発揮され、地域医療構想を踏まえたポストコロナ時代に求められる医療人材を養成できると考えている。


(図)富山大学と新潟大学によるポストコロナ時代の地域医療人材養成拠点形成事業概略図
※上の画像をクリックすると拡大した参考資料をご覧いただく事ができます

1.北越地域医療人養成センターの設置:

 本事業を統括する組織として北越地域医療人養成センターを設置し、富山大学と新潟大学の教員が主たる構成員となって、月に1回程度のオンライン会議を定期的に開催するとともに、事業全体の管理運営を行っている。センターは、自治体や医師会、臨床実習病院との調整、オンデマンド教材の開発を含む教育コンテンツの管理、ホームページやSNSを通じた情報発信を行っている。また、センターは、両大学の教務委員会や教授会とも連携をとっており、医学部全体で事業を支援する体制となっている。

2.入口戦略:

 地方都市に共通する課題は、大学進学を契機とした大都市への移動による人口の社会減である。それが、地方都市の医療人材確保における困難の原因となっている。したがって地方都市における医療人材確保のためには、地域医療や地域を守ることに関心を持つ小中高生の増加が必要である。そこで、大学入学前の施策(入口戦略)として、地域との連携によりインターンシップや学校訪問、模擬講義等を実施することで、地域医療や地域を守ることに関心を持つ小中高生を増加させる施策をとっている。例えば、富山大学では、地元メディアと連携した小学生対象の「ジョブキッズとやま『医師のしごと』」により毎年40名の小学生を受け入れ、医療面接、シミュレーション機器を用いた体験講座を実施している。また富山県教育委員会と連携した高校生対象の「アカデミックインターンシップ」により毎年40名の高校生を受け入れ、富山大学医学部を目指す高校生の増加を目指している。

3.教育戦略:

 大学入学後の施策(教育戦略)として、(1)全医学生必修の「エッセンシャルコース」と、(2)地域枠学生等を対象とした「アドバンスドコース」を設定している。
 エッセンシャルコースでは、4つのコンピテンシー((1)地域医療プロフェッショナリズム、(2)臨床医学的能力、(3)社会医学的能力、(4)ICT運用能力)を修得する(表)。実際、総合診療や感染症、災害医療等に関するオンデマンド教材の運用を開始している。また、地域行政実習や救急業務実習、地域診断実習、遠隔診療実習、長期プライマリ・ケア実習等の各種実習を実施した。そして、こうした講義や実習について、オンライン会議システムにより振り返りを行っている。
 アドバンスドコースでは、医師不足のため地域医療構想の重点支援区域となっている新潟県上越地域のフィールドワークを行って、各種統計情報の分析から施策の提言までを学修する統合型教育を行なっている。令和5年度は、新潟労災病院において「サマースクール in 上越 2023」を実施。上越地区の統計情報やフィールドワークを通じて、富山大学と新潟大学の学生が地域医療の現状と課題を理解するとともに、地域医療の将来についてのディスカッションを行った。また、富山大学において「臨床医学と社会医学を駆使して地域を守る医療人養成」事業シンポジウムを開催し、両大学の学生や教職員、医療関係者、行政関係者が令和5年度事業の振り返りを行った。
 評価委員会による事業評価と、シンポジウムでの市民や学生からのアンケート結果を踏まえて、事業の継続的改善を図っている。

(表)臨床医学と社会医学を駆使して地域を守る医療人に必要な4つのコンピテンシー

1 地域医療プロフェッショナリズム:入学早期からの地域医療に関する講義や実習を通じて、多職種協働を含めた地域を守るマインドを醸成する。
2 臨床医学的能力:コロナ禍でも高度な臨床教育を実施するためにシミュレーション教育を充実させ、地域を医療面から守るうえで重要な臨床医学的能力(特に総合診療や感染症に関する能力)を高める。
3 社会医学的能力:マネジメントスキルやデータサイエンススキルに関する教育を充実させ、地域をシステム面から守るうえで重要な社会医学的能力(特に疫学、公衆衛生学、救急医学、災害医学に関する能力)を高める。
4 情報通信技術(ICT)運用能力:デジタルトランスフォーメーション(DX)やICTに関する教育を充実させ、オンライン会議や遠隔医療等に対応できる能力を修得する。

4.出口戦略:

 大学卒業後の施策(出口戦略)として、本事業の修了者による学生指導を含めた地域を守る医療人の継続的な育成を行うこととしている。また、専門医(総合診療学、救急医学、感染症学、社会医学系専門医)取得などのキャリア形成を支援する。これらにより、継続性、再現性、循環性のある地域を守る医療人養成のモデルをつくることを目指している。

5.全国展開:

 本事業で構築された「臨床医学と社会医学を駆使して地域を守る医療人」の人材養成モデルを全国に向けて情報発信することにより、日本の医療の質の向上を目指している。実際、事業ホームページを開設するとともに、事業に関するニュースリリースやSNSにより積極的な情報発信をしている。

ミッション「地域と世界で活躍できる医療人の養成」の実現に向けて

 富山大学医学部は、1975年に富山医科薬科大学医学部として設置され間もなく50周年となる。医学部50周年を記念して富山大学医学部基金を設置し、シミュレーションセンターの拡充はじめとする医療人教育の充実に邁進している。本事業を通じて、地域医療構想をふまえてポストコロナ時代に対応できる総合的な能力を持った医師を養成して、富山大学医学部のミッションである「地域と世界で活躍できる医療人の養成」に努めたい。