*第36回* (2021.3.25 UP) | 前回までの掲載はこちらから |
トップページへ戻る | |
今回は熊本大学での取り組みについてご紹介します。 |
「卒前卒後の医学教育における国立大学医学部と 地域医療機関との連携:熊本大学の取り組み」 |
|||||||
|
|||||||
はじめに 本稿の中で“地域医療機関”とは、熊本県において熊本市外の二次医療圏に位置し、その地域の中核となる公的病院を念頭に置き、熊本大学での経験や問題について、考察を行いたい。また、今回の新型コロナウイルス感染症の流行下における臨床実習についても、振り返ってみたい。 熊本大学医学部は、様々な分野で活躍する医療人を育成し、特に熊本県内各地での地域医療に貢献する人材を輩出してきた。熊本大学医学部医学科の使命は、「豊かな人間性と高い倫理観を持ち、医学およびその関連領域における社会的な使命を追求、達成しうる医師・医学者を育てる。」と定められている。更にカリキュラムポリシーの中で、「個別性(進路への対応):教育成果を獲得することにより、臨床医だけでなく医学研究者や医療行政担当者まで、様々な進路に対応できるようになっています。」と示されている通り、卒業時にはすべての教育成果を獲得するよう配慮の上、カリキュラムが編成されている。近年、それらの目標を達成するために、臨床教育の場を大学病院外にも広げることが必要となってきた。 従来の臨床教育は、大学病院が中心となって行われてきたこともあり、教育機関としての医学部が、学生の臨床教育のために地域医療機関と連携する機会は多くなかったと思われる。一方で以前より、医学部を構成する臨床系の各専門診療科の一部では、学外施設での教育実習を、自身の科での実習期間の一部を割り当て、行っていた。これは専門診療科としての臨床教育の延長線上に位置づけられるものであり、熊本市内にある臨床研修病院等の教育病院で行われてきた。大学外の施設での教育ではあるが、いわゆる地域医療機関での教育とは言い難い。 しかしながら、特に平成28(2016)年度改訂版の医学教育モデル・コア・カリキュラムの中で、地域医療教育に関した内容が明示されたこともあり、熊本大学では卒前教育の中で、本格的な地域医療教育のシステム作りに取り組むことになった。ここで中心となったのは、熊本県の寄附講座として大学病院に設置された、地域医療・総合診療実践学寄附講座である。この寄附講座が医学部からの命を受け、コーディネートを請け負っている。すなわち熊本大学では、大学病院に設置された県からの寄附講座が、医学部と地域医療機関との仲介を行い、地域医療教育が行われている。 寄附講座の位置づけ、担う役割 近年、医師の地域偏在等の問題が言われるようになり、それらの解決を目指したコントロールタワーとして、国の命により各都道府県に地域医療支援センターが設置されている。熊本県では、熊本大学医学部および当時の医学部附属病院との協議のもと、この地域医療支援センターを平成26(2014)年4月に大学病院に設置し、活動が開始された。地域医療支援センターの設置に先行して、大学病院には熊本県の寄附講座として、地域医療・総合診療実践学寄附講座(当初の名称は、地域医療システム学寄附講座)も設置されている。 熊本大学病院地域医療支援センターは大学病院の組織であるために、その設置と同時に、熊本県の組織として熊本県地域医療支援機構も設立された。この機構の実務を担うために、地域医療支援センターには特任教員が採用され、スポンサーである県の意向を踏まえ、大きく3つの仕事がその任務として行われることになった。すなわち、1)医師偏在を含む県内地域医療のさまざまな問題解決、2)熊本県医師修学資金貸与学生・医師(いわゆる地域枠学生、医師)のキャリア支援、及び新専門医制度の開始に伴って、3)総合診療専門医の育成という仕事を行っている。一方で、地域医療・総合診療実践学寄附講座の教員全員が、地域医療支援センターにも所属し、兼務している。この寄附講座教員は、大学病院の総合診療科外来、及び救急外来の支援を臨床業務として行い、また大学病院の総合診療専門医プログラムの運営も行っている。その中で、医学部学生の臨床教育も大学病院で行ってきた。これらの仕事に加え、県内の医師不足等の問題改善に寄与するという視点から医学部よりの命を受け、地域の施設と連携し、学生の地域医療実習にも新たに関与することになった。 卒前教育に関すること 当医学部医学科では、低学年より一週間の見学型実習を、早期体験臨床実習(Early Clinical Exposure, ECE)として一年次、二年次、及び三年次に場所や内容を変えて行っている。この実習については、医学部6年間の教育プログラム全体を中心となってマネージメントしている“臨床医学教育研究センター”と共に、地域医療支援センター/地域医療・総合診療実践学寄附講座が協力して、学外施設での実習をコーディネートしている。当初の数年間は、選択実習として一部の希望者を対象に行われていたが、現在では共用試験後に開始される通常の臨床実習の中、3週間の必修として地域医療実習は行われている。その準備や運営管理には、この寄附講座が行っている。 地域の医療機関には、指導医の先生のみならず病院事務方に対しても、説明会を開き、学生受け入れを依頼している。指導医の教育スキル向上を目的とした講習会(Faculty Development, FD)も、これまでは毎年行ってきた。実習内容や目標は、モデル・コア・カリキュラムに沿った形で標準化されることが望ましい。しかし、地域の医療機関で行う実習は、その施設が行っている医療に関したものであり、施設毎にその機能や性格は異なっているため、画一的な実習内容とすることはできない。寄附講座教員は、受け入れ施設の先生方と一緒に、各々の施設の特長を生かした実習プログラム作成の協力もしている。 学生に対しては、ログブックの作成配布、オリエンテーションを行う。学生は、複数の施設から、自身の興味等に応じて実習先を選択することが可能である。また実習中に使用するタブレット端末や、それを用いた電子教科書の貸与も、寄附講座の予算で行っている。ログブックでは、月曜日に一週間の目標を立て、日々の学びを記録し、毎週末には指導医よりのフィードバックをいただく。実習最終週の金曜午後に、学生は大学病院に集まり、それぞれの学びについて発表する場を設けている。これにより学生は、異なる施設で実習を行った同級生の経験を共有し、教員は実習内容を確認することができる。 実習施設の多くは、当大学病院総合診療専門医プログラムの協力施設とも重なっている。このため、前述の指導医、事務方を集めた説明会やFDを開催するにあたり、目標や内容を変えて、学習者(学生、研修医、及び総合診療専攻医)のレベルに応じた一貫した教育プログラムを検討し、実施が可能になるように支援をしている。 卒後教育に関すること 従来、プログラムの認可は厚生労働省が行ってきたが、その業務は2019年より各都道府県に移譲されることになった。熊本県では、国より割り当てられた研修医の定員を、県の地域医療対策協議会で決定し、各研修施設のプログラムに割り当てている。研修プログラム内容については、大枠は国が定めているものの、個々のプログラムの審査も同協議会で行われることになった。熊本県では同協議会の意向により、令和4年度より臨床研修プログラムでの地域医療研修は、熊本県内の施設を中心に行われることになった。 また、熊本大学病院での臨床研修プログラムは、専任の病院教員による総合臨床研修センターで運営されており、医学部とは直接の関りはない。しかしながら、地域医療研修は、熊本県内の地域にある公的医療機関を中心に行われており、多くは卒前教育の地域医療実習で学生が赴く施設と重なっている。県の意向にも配慮しつつ、卒前教育から一貫した教育を行うことが可能となっている。 このように、医学部としては卒後の地域医療教育に直接の関与はしていない。しかしながら、卒前の教育プログラムが基本となって卒後の臨床研修プログラムが作られているため、医学部は間接的な形で関与しているということが出来る。 変化する社会の中での、大学と地域の施設の連携 これまでに述べた通り、医学部と地域の医療機関の連携は、従来ほとんどなかったものの、卒前教育を中心に大きく変わりつつある。近年、医師育成や医学教育に関して導入された新たな制度は、少子高齢化が急速に進みつつある社会の変化が大きく影響している。行政からは2025年を目標に、地域包括ケアシステムを含めた新たな仕組みの構築が言われるようになり、医師偏在や地域の医師不足の問題等に対応し、地域枠入学制度などが新たに導入された。また医学教育には、モデル・コア・カリキュラムが提示され、その中には具体的に地域医療に関することも示されている。これは、社会の要求に答えるために他ならない。 大学側としては、従来通りの医学研究者や専門医を育成する教育プログラムに加え、地域医療に関することを含め、新たにモデル・コア・カリキュラムに記載された内容も、学生に教育しなければならない。具体的な形で、教育システムの改革が推進されることになった。医学部には、地域医療に貢献する医師の育成が明確に求められており、その要求に答える必要がある。 地域医療機関の役割 医学部の正式なカリキュラムとして、熊本大学医学部では三週間にもわたり大学外の施設で教育を行っていただいている。学生の学びの場として必須であり、その意義は大きい。一方で大学の立場としては、学生教育の重要な部分を大学教員ではない指導医に委託し、学生の評価もお願いすることになる。忙しい地域の医療機関の日常業務の中で、学生を教育する指導医の負担は大きい。 学生にとって、普段と異なる環境での実習には、様々なサポートも必要である。自宅から通う事が困難な場合、宿泊先の確保が必要となるが、これに関しては、原則、受け入れ施設に用意していただいている。施設により状況はさまざまだが、空いている医師用宿舎や当直室、更には近隣のビジネスホテル等を受け入れ施設の負担で用意していただいているところもある。 令和2年度の新型コロナウイルスの流行下では、都市部から地域への人の移動が感染拡大に影響している可能性が問題視されるようになったこともあり、実習は一旦中止を余儀なくされた。実習が中止される直前には、マスクを含めた医療資材の不足が問題となった。学生が実習で消費することについて、通常では大きな問題とはなっていなかったが、それなりのコストを引き受け先の医療機関にお願いしていることに大学側として気付かされた。 大学側として、実習のための予算確保に努めている。謝金が受け入れ病院へ支払われているものの、限られた予算の中であり十分と言い難い。さらに前述のように、地域の施設に学生を送り出すために、大学の教員や事務作業に関わるコストや労力も、大きなものになる。本学では、病院地域医療支援センターと寄附講座が、県から委託された地域医療支援業務の一部として、対応している。すなわち医学部からのみならず、行政からの支援も受けることで、この実習が可能になっていることになる。 このように、地域の医療機関での実習は、受け入れ側のご協力、ご理解が第一にあり、加えて行政からの支援も受けることにより、医学部として学生に実習の機会を提供することができている。 教育拠点の設置について 熊本大学では、地域の基幹病院に教育拠点を設置し、連携の上、学生や若手医師の教育に、多大な効果を上げている。この教育拠点は、その施設からの寄附を受け、大学病院の寄附講座教員が、その施設に常駐して活動するものである。この取り組みには、県や医師会の支援も受けている。教員の身分保証など、事務的手続きの煩雑さはあるものの、大学病院の寄附講座教員が地域の施設に常駐することで、地域の施設のその一部門は大学病院内の診療科と同じ位置づけとなる。これにより、卒前、卒後の教育に貢献できるため、大学側の視点から、教育上の利点は大きい。さらに、教育拠点の本来の意義は“教育”ではあるものの、同時にその施設での実臨床も行うことで、病院経営にも十分に貢献することができる。 地域の医療機関ならではの、大学病院では提供出来ない内容の教育機会を学生に提供できるシステムとして、教育拠点は非常に有効である。 コロナ禍における地域医療実習 今回の新型コロナウイルス感染症の流行下において、大学病院での臨床実習のみならず、地域の施設での実習も、大きな影響を受けることになった。 最流行期には、学生が臨床実習を行うことは困難であると、大学側、及び受け入れ施設側の双方で判断された。このため、大学側の中で実習の責任を負う当寄附講座では、代替の実習を検討し行うことになった。実習に行く予定だったその地域、施設での医療に関する問題について、インターネット上の資料等を用いて調べ、学生自身が調査課題を抽出した。それらについて指導医や地域住民等をリソースパーソンとし、ウエブ上でインタビューを行い、これを発表するという試みを行った。地域医療に関して、学生が自身で具体的に深く考える機会を作るといった意味では、非常に有意義なものであった。しかしながら、実際に地域へ行くことができず残念だったという、学生からの声も多かった。 正月休み明けの令和3年1月より、学外施設での実習が再開された。休みの期間の行動自粛はもちろん、大学が費用を負担し学生にPCR検査を行い、実習を行う全学生の陰性が確認された上で、学外を含む実習が再開されることになった。都市部からの若者が地域に移動することで、新型コロナウイルス感染症が広がると言われていたこともあり、学生を地域に送り出す側の大学としては、十分な注意を学生に喚起し、PCR検査を行うことで、一応の担保を行った上で地域へ送り出すという、最大限の配慮を行い、責務を果たした。大学側としては、学生が安全に実習を行い学ぶことのできる環境を用意しなければならない。しかしながら、実習受け入れは、あくまで受け入れ側の好意と理解によるものであり、コロナ禍の中、地域の医療がひっ迫している状況では、学生の臨床実習をお願いすることが出来なかったのはやむを得なかった。 まとめ 熊本大学医学部では、卒前教育を中心に、県内各地域の公的医療機関と連携して、地域医療実習を必修化し、教育を行っている。これは、県の寄附講座が中心となってマネージメントを行っている。この施設は卒後の臨床研修施設とも重なり、卒前卒後の一貫した地域医療教育を試みている。地域の医療機関の連携のみならず、行政や医師会とも協力し、将来、熊本の地域医療に貢献する人材の育成を行っている。 |