*第68回*  (H30.3.23 UP) 前回までの掲載はこちらから
地域医療を支える国立大学医学部の役割トップページへ戻る
今回は岡山大学での取り組みについてご紹介します。

岡山大学医学部の地域医療を担う人材の育成について
文責 : 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 地域医療人材育成講座 教授 片岡 仁美 先生

(1)地域の課題と地域枠制度の導入
 岡山県には医育機関として岡山大学医学部と川崎医科大学があり、岡山県全体の人口10万人あたりの常勤医師数は288人で全国平均(233.4人)を上回っている。しかし、医療圏別にみると、医育機関の他に大病院を多く有する県南東部及び県南西部の医師数は多いものの県北部の3つの医療圏はいずれも全国平均より医師数が少ない(津山・英田198人、真庭148人、新見・高梁135人)。さらに細かく見ると、岡山市395人、倉敷市345人と平均を大きく上回るものの、岡山市を除く県南東部151人、倉敷市を除く県南西部122人と厳しい状況にある。これらの地域は人口の高齢化、低い人口密度、医療機関へのアクセス等の課題がある(データは2014年の医師・歯科医師・薬剤師調査による)。
 このような背景を受け、岡山大学医学部では平成21年度に地域枠コースを導入した。初年度は岡山県からの奨学金を受けて卒業後岡山県で勤務するコースのみであったが、平成22年度からは岡山県の地域枠コース(定員7名)に加えて、近県自治体(広島県、鳥取県、兵庫県)の協力のもと、1学年12名の地域枠コースを募集してきた(広島県および兵庫県は定員2名、鳥取県は定員1名)。平成30年度からは岡山県地域枠コースは定員4名となる予定である。

(2)地域医療人材育成講座の設置
 地域枠コースの導入とともに重要視されたのが地域医療教育である。地域医療を担う人材の育成を主たる目的とし、平成22年度に岡山県からの寄附講座として地域医療人材育成講座が設置された。同講座は、「地域で学ぶ、地域で育つ、地域を支える」を基本理念とし、地域基盤型教育システムの構築と実践を推進し、医学教育リソースの提供と地域連携ネットワークの強化によって医療人の生涯教育とキャリア支援を実践している。

(3)地域医療教育の実際
 平成21年度より当時の医学部長の発案により1年生の早期地域医療体験実習がスタートした。「門出の春に心を耕す」をモットーに、地域医療の現場での実体験を通して必要とされる医療を見据えて能動的に医学を学ぶ経験を重視している。平成22年度からは一般学生の希望者も対象とし、受け入れ医療機関も年々増加している。また、1年生の同実習の成果は学生企画の地域医療シンポジウムとして同学年の生徒に共有される。同シンポジウムには岡山県保健福祉部や実習受け入れ先施設の責任者も参加し、シンポジウム終了後は指導医講習会としてワークショップを行っている。同講習会は、より良い実習を行うための各医療機関の工夫などを共有し、意見交換を行う貴重な機会となっている(図1)。
 本学の地域医療教育は「らせん型カリキュラム」を特徴としている。すなわち、地域医療の実習は1年次、2-3年次、5-6年次と複数回の機会があり、1年次には医療・介護・福祉を中心とした様々な分野を広く経験することを推奨し、2-3年次にはより医療的な内容を増やし、5-6年次にはクリニカルクラークシップとして医療チームの一員として役割を果たすことを求めている。このように、地域医療の現場でも学ぶ内容や視点を少しずつ変えていくことで、地域医療の様々な側面を学び、自身の成長も実感できるカリキュラムとしている。平成24年度からは学年全員が1週間の地域医療体験実習を行っている。臨床実習が始まる前に地域医療の現場を経験することで、学生は地域の医療に貢献する医師の姿や地域住民とのふれあいから様々な学びを得ている。特筆すべき点として、実習中毎日オンラインで振り返りを入力し、それに対し講座担当教員及び地域の指導医がフィードバックを行うという双方向の教育の実践が挙げられる。学生の振り返りは自身の気付きについて深く省察した長文にわたるものも多く、地域医療の現場での経験が彼らの心に深く響いていることが伝わってくる。地域医療実習は量、質ともに近年で大きく発展し、実習受け入れ施設は現在51施設、実習参加者は194人・週(一人1週間の実習で194名が参加)となっている。
 地域医療実習前の事前学習としては、模擬患者の協力を得て医療面接実習を行っている。臨床医学の知識に乏しい低学年であるため、まず患者さんの思いをくみ取り、気持ちに寄り添うことを実習の到達目標としている。同実習は学生から高い評価を得ているだけでなく、実習前後で患者に対する共感(empathy)が上昇することも確認されており、コミュニケーション教育、プロフェッショナリズム教育としても役割を果たしていると考える。

   


(4)地域の医療機関との連携
 「地域で学ぶ、地域で育つ」を実践するために鍵となっているのが地域との顔が見える連携の構築である。元々150年の歴史に支えられた大学と地域の医療機関の連携の強さが基盤となっているが、地域医療の観点からは地域医療部会の存在が重要である。地域医療部会は平成18年度に設立されたNPO法人岡山医師研修支援機構内の部会であり、地域の中小の病院の理事長、院長を中心として組織されている。同部会は月1回の定例会議を岡山大学内で開催し、定例会議には岡山大学関係者も多数参加するほか、行政、法曹界、岡山県看護協会等の多方面からの参加があり、地域医療における課題や人材育成について意見交換を重ねている。地域基盤型教育の実践にはこのような顔の見える連携の場は重要である。さらに、地域医療実習の期間には地域医療人材育成講座教員が医療機関を可能な限り訪問し、学生の日々の振り返りをオンラインで現場の指導医とともに共有し、コメントを返すことでフィードバックを行っている。学生実習を行うことがさらに地域の医療機関と大学との連携を一層深めていることが実感できる。

(5) 地域に根差した総合診療医の育成
 超高齢社会において、地域に根差し、総合的な診療能力を持った医師の育成は喫緊の課題とされる。平成25年度には文部科学省の未来医療研究人材育成拠点形成事業としてリサーチマインドを持った総合診療医の育成をテーマに15大学のプロジェクトが採択され、本学でも「地域を支え地域を科学する総合診療医の育成」としてプロジェクトを始動し、本年が最終年度となった。同プロジェクトはHeartfulなGP・ArtfulなGP(総合診療医)の育成を目指している。HeartfulなGPとは地域に根差した全人的医療を実践する総合診療医を表し、ArtfulなGPとはリサーチマインドを持ったGPを表している。すなわち、臨床面では大学が教育のバックアップを行い、都市部と中山間地域の研修を組み合わせた地域基盤型の総合診療医の育成を目指すものである。本プロジェクトにおいては事業運営のためにGIMセンターを設置し、地域医療人材育成講座、総合内科、疫学・衛生学教室を中心として多彩な取り組みを遂行した。平成27年度に地域枠卒業生や自治医科大学卒業生の派遣先を全て包含する新たな家庭医療専門医研修プログラムを立ち上げ、平成30年度からは総合診療専門医プログラムに移行した。同プログラムにおいては平成29年度までに5名が研修を行い、平成30年度プログラムには新たに4名が研修開始予定である。研究面では臨床の現場で感じた疑問や課題をシーズに質的研究の成果を疫学モデルに繋ぎ、総合診療領域におけるエビデンスを発信できる人材を育成するため、アカデミックGPコース(博士課程)、MPHコース(修士課程)を新設した。アカデミックGPコースは平成26年度5名、平成27年度3名、平成28年度3名、平成29年度5名が入学、平成30年度3名が合格し、MPHコースは平成26年度3名、平成27年度2名、平成28年度5名、平成29年度5名が入学、平成30年度7名が合格しこのような新たな取り組みがニーズに合ったものであることが示された。本事業は地域総合診療実習コースとして学生を対象としたコースも備えており、学部教育から卒後教育まで一貫した教育体制を構築している(図2)。また、本事業は多彩なインテンシブコースを開講したことも特徴である。特に、医師不足地域である県北西部の新見公立大学と連携し、同大学とはクラウドシステムを用いて講義の同時中継を行った。それにより双方向授業が可能となった。また、さらに地域の現場から発信するネットワークの構築が可能となった。インテンシブコースの中でも医学教育FDコースと在宅緩和コースは特に地域からのニーズが高かったコースである。医学教育FDコースは医療現場で指導できる人材育成を目指し、ディスカッションを中心としたコースであったが、Eラーニングと中継授業によって多施設の多職種の医療人が共に学ぶことが可能となった。また、在宅緩和コースは特に医師不足地域の医療スタッフから高い需要があり、同分野の学びのニーズの高さが窺われた。また、本事業を通じて医師不足地域と大学が教育を通じて連携する取り組み(新見プロジェクト)を行い、高い成果が得られたことは特筆すべきである。新見公立大学にサテライトオフィスを設置し、岡山大学と新見地区での兼務を行う女性医師が中心となり、シミュレーション教育を同地区で展開すること、上述の遠隔講義を行うこと、学生の地域医療実習に積極的に取り組むことを通じ、地域の医療人のモチベーションの上昇に大きく寄与することができた。また、住民が参加する「医療を守るためのシンポジウム」を2回行い、医療者と住民との一層の相互理解にも繋がった(図3)。さらに、本プロジェクトを通じて総合診療医の育成のための様々なセミナーを行ったが(ジェネラリスト養成セミナーは30回を重ねた)、特にプロジェクト後半では学生や研修医が自ら学びたいことを企画、提案する機会が増え、学習者主体型のセミナーが数多く開催された。さらに、中四国若手医師フェデレーション及びその学生部会なども本取り組みの活動を通じて立ち上がり、地域の中で学生や若手医師が切磋琢磨して学ぶ機運が目に見える形で高まったことも重要である。未来医療研究人材育成拠点形成事業は5年間の取り組み期間を本年度で終了予定であるが、この取り組みで得られた地域の現場との教育による高い連携を生かし、更なる発展に繋げていきたい。

   
   
   


(6)今後の展望
 平成29年度には岡山大学地域枠1期生が卒後3年目を迎え、地域の医師不足地域での勤務を開始した。また、平成30年度にも2期生がそれに続く予定である。地域医療人材育成講座設置後から現在に至るまで、岡山県、岡山県地域医療支援センター、地域医療人材育成講座が一堂に会して地域枠学生及び同卒業医師の教育と卒後のキャリアパス、配置先医療機関の選定のあり方について協議を行ってきた(地域枠支援会議)。また、岡山県地域医療支援センターとの共催で毎年「地域医療を担う医師を地域で育てるためのワークショップ」を開催しており、首長を含む行政関係者、地域医療機関の指導医、地域枠学生や卒業生が一堂に会して課題についてディスカッションする機会となっている。同様に岡山県地域医療支援センターとの共催で地域枠学生と自治医科大学学生の合同セミナーも毎年開催している。このように地域医療を支える人材の育成について関係者が密に連絡を取り合い、協議し合う体制を数年に渡り構築してきたことは、地道ながら将来に繋がる大変重要な取り組みであると考える。今後も地域を支える医療人の育成に一層努力を重ねていきたい。