(1)地域の課題と地域枠制度の導入
岡山県には医育機関として岡山大学医学部と川崎医科大学があり、岡山県全体の人口10万人あたりの常勤医師数は249.2人で全国平均(201.1人)を上回っている。しかし、医療圏別にみると、医育機関の他に大病院を多く有する県南東部及び県南西部の医師数は多いものの県北部の3つの医療圏はいずれも全国平均より医師数が少ない(津山・英田178.8人、真庭143.2人、新見・高梁125.6人)。また、これらの医療圏は人口の高齢化が著しく、中山間地域でもあるため医療提供体制についても課題がある(データは岡山県地域医療支援センターの平成24年度調査報告による)。
このような背景を受け、岡山大学医学部では平成21年度に地域枠コースを導入した。初年度は岡山県からの奨学金を受けて卒業後岡山県で勤務するコース(定員5名)のみであったが、平成22年度からは岡山県の地域枠コースの定員増(7名)に加えて、近県自治体(広島県、鳥取県、兵庫県)の協力のもと、1学年12名の地域枠コースを募集している(広島県および兵庫県は定員2名、鳥取県は定員1名)。
(2)地域医療人材育成講座の設置
地域枠コースの導入とともに重要視されたのが地域医療教育である。地域医療を担う人材の育成を主たる目的とし、平成22年度に岡山県からの寄附講座として地域医療人材育成講座が設置された。同講座は、「地域で学ぶ、地域で育つ、地域を支える」を基本理念とし、地域基盤型教育システムの構築と実践を推進し、医学教育リソースの提供と地域連携ネットワークの強化によって医療人の生涯教育とキャリア支援を実践している。
(3)地域医療教育の実際
平成21年度より当時の医学部長の発案により1年生の早期地域医療体験実習がスタートした。「門出の春に心を耕す」をモットーに、地域医療の現場での実体験を通して必要とされる医療を見据えて能動的に医学を学ぶ経験を重視している。平成22年度からは一般学生の希望者も対象とし、受け入れ医療機関も年々増加している。また、1年生の同実習の成果は学生企画の地域医療シンポジウムとして同学年の生徒に共有される。同シンポジウムには岡山県保健福祉部や実習受け入れ先施設の責任者も参加し、実習の成果の共有とともに次年度に向けた教育体制の構築についても意見交換を行っている。
本学の地域医療教育は「らせん型カリキュラム」を特徴としている。すなわち、地域医療の実習は1年次、3-4年次、5-6年次と複数回の機会があり、1年次には医療・介護・福祉を中心とした様々な分野を広く経験することを推奨し、3-4年次にはより医療的な内容を増やし、5-6年次にはクリニカルクラークシップとして医療チームの一員として役割を果たすことを求めている。このように、地域医療の現場でも学ぶ内容や視点を少しずつ変えていくことで、地域医療の様々な側面を学び、自身の成長も実感できるカリキュラムとしている。平成24年度の3年次生からは、一般学生についても1週間の地域医療体験実習が必修化されている。臨床実習が始まる前に地域医療の現場を経験することで、学生は地域の医療に貢献する医師の姿や地域住民とのふれあいから様々な学びを得ている。地域医療実習は量、質ともに近年で大きく発展し、実習受け入れ施設は平成25年度末時点で27施設、実習参加者は156人・週(一人1週間の実習で156名が参加)となっている(図1)。
地域医療実習前の事前学習としては、模擬患者の協力を得て医療面接実習を行っている(1,3,4年)。臨床医学の知識に乏しい低学年であるため、まず患者さんの思いをくみ取り、気持ちに寄り添うことを実習の到達目標としている。同実習は学生から高い評価を得ているだけでなく、実習前後で患者に対する共感(empathy)が上昇することも確認されており、コミュニケーション教育、プロフェッショナリズム教育としても役割を果たしていると考える。
(4)地域の医療機関との連携
「地域で学ぶ、地域で育つ」を実践するために鍵となっているのが地域との顔が見える連携の構築である。元々150年の歴史に支えられた大学と地域の医療機関の連携の強さが基盤となっているが、地域医療の観点からは地域医療部会の存在が重要である。地域医療部会は平成18年度に設立されたNPO法人岡山医師研修支援機構内の部会であり、地域の中小の病院の理事長、院長を中心として組織されている。同部会は月1回の定例会議を岡山大学内で開催し、定例会議には岡山大学関係者も多数参加するほか、行政、法曹界、岡山県看護協会等の多方面からの参加があり、地域医療における課題や人材育成について意見交換を重ねている。地域基盤型教育の実践にはこのような顔の見える連携の場は重要である。さらに、地域医療実習の期間には地域医療人材育成講座教員が全ての医療機関を訪問して学生の様子や実習の現場を視察させて頂き、学生の日々の振り返りをオンラインで現場の指導医とともに共有している。学生実習を行うことがさらに地域の医療機関と大学との連携を一層深めていることが実感できる。
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図1 |
(5) 地域に根差した総合診療医の育成
超高齢社会において、地域に根差し、総合的な診療能力を持った医師の育成は喫緊の課題とされる。平成25年度には文部科学省の未来医療研究人材育成拠点形成事業としてリサーチマインドを持った総合診療医の育成をテーマに15大学のプロジェクトが採択され、本学でも「地域を支え地域を科学する総合診療医の育成」としてプロジェクトを始動した。同プロジェクトはHeartful
GP・Artful GP(総合診療医)の育成を目指している。HeartfulなGPとは地域に根差した全人的医療を実践する総合診療医を表し、ArtfulなGPとはリサーチマインドを持ったGPを表している。すなわち、臨床面では大学が教育のバックアップを行い、都市部と中山間地域の研修を組み合わせた地域基盤型の総合診療医の育成を目指す。また、ホスピタリストの育成についても計画中である。研究面では臨床の現場で感じた疑問や課題をシーズに質的研究の成果を疫学モデルに繋ぎ、総合診療領域におけるエビデンスを発信できる人材を育成するため、アカデミックGPコース(博士課程)、MPHコース(修士課程)を新設した。本事業は地域総合診療実習コースとして学生を対象としたコースも備えており、学部教育から卒後教育まで一貫した教育体制を構築している(図2)。
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図2 |
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